「ハーバード大学のエズラ・ボーゲル教授、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校のハーバート・ビックス名誉教授、マサチューセッツ工科大学のジョン・ダワー教授、シカゴ大学のブルース・カミングス教授といった米国の著名な歴史学者と、日本の研究者187人が今月5日、安倍晋三首相に対し、旧日本軍の慰安婦問題と関連した歴史的事実の歪曲(わいきょく)をやめ、慰安婦問題の解決を求める声明を発表した。」と『朝鮮日報』が嬉々として報道しています。

『朝日新聞』が日本軍が慰安婦を強制連行したという吉田証言を否定したにもかかわらず、このような状態になったことについて、私などはある種の絶望感を感じています。

ただこのような問題でアメリカのリベラルな歴史家が安部総理を批判するのは他の目的があるからだと私は思っていて、今回はその仮説を披露してみます。

この問題の発端は第2次世界大戦以前にさかのぼります。

アメリカでは左派のフランクリン・ルーズベルトが政権をとり、その周りにはリベラル派の知識人が集結します。

ルーズベルト大統領とその取り巻きの知識人には共通の特徴がありました。それはスターリンの率いるソビエトに対して異常なほど甘かったということです。

保守派であったハミルトン・フィッシュ共和党議員は、『ルーズベルトの開戦責任』という本の中で、ルーズベルト大統領について「とりわけ、血塗られた独裁者であり、歴史上稀に見る大量虐殺の張本人であるスターリンに、なぜあれほどの親しみを見せたのか。私には首を傾けるばかりである。」と書いています。

この本によればスターリンは3000万人以上の人々を秘密警察や強制労働の結果殺したと書いています。

スターリンが残酷だったのは国内問題だけではありませんでした。対外戦争についてもそうなのです。

「たしかに日本は中国との間で宣戦布告なき戦いを4年にもわたって続けてきた。しかしソビエトも、日本と同じようにフィンランド、ポーランドそしてバルト3国を侵攻しているではないか。」

このようにスターリンのソビエトは国内でも海外でも残酷だったのですが、ルーズベルト大統領とリベラル派の知識人はあたかもそれがなかったように振る舞うのです。

もちろんヒトラーのナチス・ドイツの存在がスターリンに対する批判を弱めたという点は十分な考慮が払われるべきだとは思いますが、それだけでは説明できないのは確かです。

アメリカのリベラルな知識人がスターリンをあまり批判できなかったのは、「共産主義」という全ての人々を平等にするという、ある種の理想主義や普遍主義に魅惑されてしまったからだと私は思っています。

この共産主義に魅せられたリベラル派の知識人がスターリンの行ったことについては、それを見ないか軽く扱うという態度を終始とり続けたのです。

これと同じ問題が現在のアメリカのリベラルな歴史家が安部総理を嫌う理由の一つにあると思われます。

それは安部総理の掲げる憲法改正についてです。

Japan Times にKevin Rafferty というリベラル派と思われる人が次のように書いています。

「第2次世界大戦は十分に恐ろしかった。もし次の世界大戦が起こったら日本だけでなくほとんどの人間を消し去ってしまうだろう。日本の『戦争を拒否する』憲法は『普通』の国が脅かしや軍事力に頼らない外交を行うための洗練された文書であることはあなたが平和主義者でなくとも主張できるだろう。」

日本の憲法9条には共産主義の思想と同じようにそこには理想主義で普遍主義的な要素があるのは事実です。

そのような大切なものを改正しようとする安部首相は許せないとなるわけですが、安部首相に対してアメリカ人が直接憲法を変えるなとは主張できません。

そこで「慰安婦」の問題で安部首相に戦いを挑んできたのではないかと思われてなりません。

ただ共産主義に魅せられたアメリカのリベラル派の先輩方がスターリンの残虐行為を軽視したように、憲法改正を嫌う現在のアメリカのリベラル派が慰安婦問題の検証を認めないということは、どちらも事実(Fact)を軽視することで本当にそれでいいのですかと質問してみたい気持ちです。