イスラエルのネタニヤフ首相やアメリカの共和党議員の主張は、イランに対して一切の核の濃縮は認められず、それを達成するためにさらなる経済制裁を強いるというものです。

この議論が生まれる背景には国際社会のイランに対する経済制裁がイランを話し合いの席につかせることができたという信念があるようです。

ただ、イランが経済制裁を受けている間に核開発が著しく進歩した点について一様に沈黙を守っていることは気にかかるところです。

さて、イランをさらなる経済制裁で屈服させるという命題は正しいのでしょうか。

実は戦前の日本に対してこれと同じことを主張していたアメリカ人がいました。

それはスタンリー・ホーンベックというアメリカの東アジア政策に多大な影響力のある国務省の役人で日本に対して経済制裁で屈服させることができると考えていました。

一方このホーンベックのやり方に反対なのが駐日大使のジョセフ・グルーでした。彼は「日本は『腹切り国家』として辱めを受けるより国家的自殺を選ぶだろう」と経済制裁で屈服するという予測を否定してどうにか日米の交渉で問題の解決を目指しました。

特に近衛文麿首相がルーズベルト大統領と直接交渉を望んだ時に誰よりも努力したのがグルーだったのです。ただ残念ながらグルーの努力はルーズベルト大統領によって黙殺されてしまいます。

つまり現在のイランの核問題について、交渉で解決しようというグルーの立場をオバマ大統領がとっているのに対してホーンベックのやり方を踏襲しているのが共和党議員やネタニヤフ首相なのです。

どちらのやり方に希望があるかは自明でしょう。

ただいくらオバマ大統領がグルー駐日大使と同じ立場であっても、後で議会がひっくり返す可能性があるというミードの論考は正しいと思われるので、私自身も全然楽観的になれないのです。