共和党のランド・ポール氏が画期的な外交演説を行ったそうです。その中にレーガン大統領のことを語った部分があるのですが、その部分をナショナル・インタレスト誌の記事から引用します。

レーガンの政策は、「強健なものだったが抑制されていた。」。またレーガン大統領のアドバイザーであるジャック・マトロックの言葉を引用して、「40代大統領のソビエト政策は、レーガン以前の大統領の誰よりもケナンとの共通性があった。」と語った。冷戦が終わったのは、資本主義のエンジンが社会主義のエンジンを破ったのだとポールは言う。「囚われのソビエト国民を開放するのではなく、強い言葉とは裏腹に、外交的には関わり合いを求めていたからレーガンは冷戦の終了に拍車をかけたのだ。」そしてレーガンの戦略的曖昧さを褒め称えた。一体レーガンはどういう外交をするのだろうかと世界の人々に考えさせ続けることを彼は好んだのである。

確かにレーガン外交の特徴は、この記事にあるように「強い非難の言葉とともに関わり合いを求める」ものでした。レーガン大統領はソビエトのことを「悪の帝国」とまで呼んだのです。

そして、このレーガン外交の特徴は安部総理にも当てはまるのです。

「領土問題では一歩も妥協しない。」しかし「戦略的互恵関係は維持する。」

「ミサイル照射問題では中国に謝罪を要求する。」そして「戦略的互恵関係に戻ってもらいたい。」

私は、前者と後者がどのように結びついているかさっぱりわかりません。本人にもわかっているかどうかはあやしいのですが、いずれにせよこの言葉使いがソビエトの崩壊に役立ったのは事実なのです。

安部首相は本当に中国共産党を崩壊へ導くのかもしれません。