ノンフィクション作家工藤美代子さんが書いた『われ巣鴨に出頭せず』という近衛文麿の伝記を読みました。
この本はこれまであまり評判のよくなかった近衛文麿を再評価しようというもので、その試みはかなり成功していると思われます。近衛が実際に政治家としてやろうとしたことは、最近亡くなった鳥居民さんの方が厳密に書いていますが、伝記としては私がこれまで読んだものの中では一番まとまっています。
私が近衛の伝記を読んでいつも感動を覚えるのが、彼が第一次世界大戦終了時に書いた『英米本位の平和主義を排す』という論文からの引用を読むときです。
前回のブログで、本来リアリズム外交と呼ばれるものは「理想主義」と「現実主義」がうまくバランスしていなければならないと書きましたが、近衛が弱冠28歳で書いたこの論文はその条件をしっかりと満たしています。
近衛は、「戦後の世界に民主主義、人道主義の思想が旺盛となるのはもはや否定できないところである」と書いているように、理想主義を決して否定していませんが、「我が国民がとかく英米人の言説に呑まれる傾向が強く、彼らのいう民主主義、人道主義というのをそのまま割引もせずに信仰謳歌するのは困る」と現実主義的な言葉を使って抑制しています。
近衛にとって第一次世界大戦は、英米の民主主義とドイツの独裁との戦いではなく、現状を維持したい国家(status quo powers) とそれを打破したい国(revisionist powers)の戦いと考えていました。
「英米の論者は平和人道と一口に言うが、その平和とは『自己につき都合よき現状維持』の平和のことであって、欧米人が戦前の状態が正義人道からみて最善の状態であることを前提にして論をなせば、それを撹乱するものはすべて人道の敵ということになる。」
この論文は、ベルサイユ条約以前に書かれたのですが、大変立派なベルサイユ条約批判です。
近衛にとって第一次世界大戦以前の状態が、植民地や原料などの問題で決して「公正」なものとは思えなかったのです。この問題を議論しないで、それを自由や民主主義の問題にすり替える英米の態度に彼は偽善性を感じたのでした。そして最後に彼は恐ろしい予測を書きます。
「かかる場合には、我が国もまた自己生存の必要上、戦前のドイツのように現状打破の挙に出ざるを得ない。また白人種による黄色人の排斥のはなはだしきこと、人道上の由々しき問題なり。一切の差別待遇を廃止させ、正義人道の上からこれを主張せねばならない。」
彼は、第2次世界大戦を予測していたのです。
もう一度確認しますが、近衛がこの論文を書いた時点では、ベルサイユの講和会議はまだ始まっていません。それなのに、彼はもうドイツだけに罪をきせたベルサイユ条約を批判し、第2次世界大戦を予測しているのです。
10年後、20年後から振り返って、このような予見力のある外交論文を書いた日本人がこれまでいたでしょうか。それ程この論文には切れ味鋭いものがありました。
国際政治の現実は、近衛が予測した通りに動きました。第一次世界大戦後、自由や民主主義は拡大しましたが、植民地、原料、移民問題の方は解決がついていませんでした。その問題が1929年の大恐慌以後に爆発するのです。
彼が一言論人だけの立場であれば、自分の予測通りになったと喜ぶだけですんだかもしれませんが、彼の悲劇性は、自分の予測した結果に対して政治家として責任を取らなくてはならなかったことです。
この本はこれまであまり評判のよくなかった近衛文麿を再評価しようというもので、その試みはかなり成功していると思われます。近衛が実際に政治家としてやろうとしたことは、最近亡くなった鳥居民さんの方が厳密に書いていますが、伝記としては私がこれまで読んだものの中では一番まとまっています。
私が近衛の伝記を読んでいつも感動を覚えるのが、彼が第一次世界大戦終了時に書いた『英米本位の平和主義を排す』という論文からの引用を読むときです。
前回のブログで、本来リアリズム外交と呼ばれるものは「理想主義」と「現実主義」がうまくバランスしていなければならないと書きましたが、近衛が弱冠28歳で書いたこの論文はその条件をしっかりと満たしています。
近衛は、「戦後の世界に民主主義、人道主義の思想が旺盛となるのはもはや否定できないところである」と書いているように、理想主義を決して否定していませんが、「我が国民がとかく英米人の言説に呑まれる傾向が強く、彼らのいう民主主義、人道主義というのをそのまま割引もせずに信仰謳歌するのは困る」と現実主義的な言葉を使って抑制しています。
近衛にとって第一次世界大戦は、英米の民主主義とドイツの独裁との戦いではなく、現状を維持したい国家(status quo powers) とそれを打破したい国(revisionist powers)の戦いと考えていました。
「英米の論者は平和人道と一口に言うが、その平和とは『自己につき都合よき現状維持』の平和のことであって、欧米人が戦前の状態が正義人道からみて最善の状態であることを前提にして論をなせば、それを撹乱するものはすべて人道の敵ということになる。」
この論文は、ベルサイユ条約以前に書かれたのですが、大変立派なベルサイユ条約批判です。
近衛にとって第一次世界大戦以前の状態が、植民地や原料などの問題で決して「公正」なものとは思えなかったのです。この問題を議論しないで、それを自由や民主主義の問題にすり替える英米の態度に彼は偽善性を感じたのでした。そして最後に彼は恐ろしい予測を書きます。
「かかる場合には、我が国もまた自己生存の必要上、戦前のドイツのように現状打破の挙に出ざるを得ない。また白人種による黄色人の排斥のはなはだしきこと、人道上の由々しき問題なり。一切の差別待遇を廃止させ、正義人道の上からこれを主張せねばならない。」
彼は、第2次世界大戦を予測していたのです。
もう一度確認しますが、近衛がこの論文を書いた時点では、ベルサイユの講和会議はまだ始まっていません。それなのに、彼はもうドイツだけに罪をきせたベルサイユ条約を批判し、第2次世界大戦を予測しているのです。
10年後、20年後から振り返って、このような予見力のある外交論文を書いた日本人がこれまでいたでしょうか。それ程この論文には切れ味鋭いものがありました。
国際政治の現実は、近衛が予測した通りに動きました。第一次世界大戦後、自由や民主主義は拡大しましたが、植民地、原料、移民問題の方は解決がついていませんでした。その問題が1929年の大恐慌以後に爆発するのです。
彼が一言論人だけの立場であれば、自分の予測通りになったと喜ぶだけですんだかもしれませんが、彼の悲劇性は、自分の予測した結果に対して政治家として責任を取らなくてはならなかったことです。
