このブログでは度々イランの問題を取り上げていますが、主要な情報が英語によるため日本とイランの関係が戦後どのように展開していたのか筆者もあまり理解していませんでした。
そのことを痛感したのが「日章丸事件」というのを知ったからなのです。(作家の百田尚樹さんが『海賊と呼ばれた男』という本に詳しく書かれています。)
この事件を簡単に記述してみます。
第2次大戦後、アジアでもナショナリズムの高まりにより植民地からの解放の動きが起こりますが、イランでもモサデクという人が民主的な方法で政権を取ります。
それまでイランの石油はイギリスに支配されていましたが、モサデク政権はそれを国有化したのです。しかし石油の市場は英米系のメジャーが支配しており、イランが石油を売りたいと思ってもなかなかうまくいかなかったのです。さらにイギリスは中東方面に軍艦を派遣しており、イランの石油を買ったソビエトのタンカーが拿捕される始末でした。
このような厄介なイランの石油をサンフランシスコ講和条約締結後の日本から買いに行ったのが出光佐三という実業家だったのです。
戦後の日本の石油市場もメジャーに抑えられ、出光のような民族系資本は非常な苦労を強いられますが、ここで石油を売りたいイランと利害が結びつくのです。
1953年、出光は日章丸二世を投入し、イラン石油購入のため神戸港を密かに出港させました。
そして、イギリス海軍の警戒網をかいくぐり、イランのアバダン港に到着すると多くのイラン人が集まり、石油買い付けに来た日本船と日本人に非常に好意を寄せてくれ、翌日の地元の新聞に大変歓迎される記事が掲載されたのでした。
しかしながら、この後、石油を国有化したモサデクは英米によって転覆されてしまいます。そして、このことが後のイラン革命に重大な役割を持ってくるのです。
これが、「日章丸事件」の主なストーリーです。
このような歴史を持つ日本が集団的自衛権を行使して参戦することに本当に意義があるのでしょうか、甚だ疑問です。
ちなみに若き石原慎太郎氏がこの事件に影響され「挑戦」という小説を書いているそうです。彼が現在の日本をアメリカの「妾」と呼ぶのもわかるような気がします。彼は彼なりに若い時から一貫したものを持っているのです。
そのことを痛感したのが「日章丸事件」というのを知ったからなのです。(作家の百田尚樹さんが『海賊と呼ばれた男』という本に詳しく書かれています。)
この事件を簡単に記述してみます。
第2次大戦後、アジアでもナショナリズムの高まりにより植民地からの解放の動きが起こりますが、イランでもモサデクという人が民主的な方法で政権を取ります。
それまでイランの石油はイギリスに支配されていましたが、モサデク政権はそれを国有化したのです。しかし石油の市場は英米系のメジャーが支配しており、イランが石油を売りたいと思ってもなかなかうまくいかなかったのです。さらにイギリスは中東方面に軍艦を派遣しており、イランの石油を買ったソビエトのタンカーが拿捕される始末でした。
このような厄介なイランの石油をサンフランシスコ講和条約締結後の日本から買いに行ったのが出光佐三という実業家だったのです。
戦後の日本の石油市場もメジャーに抑えられ、出光のような民族系資本は非常な苦労を強いられますが、ここで石油を売りたいイランと利害が結びつくのです。
1953年、出光は日章丸二世を投入し、イラン石油購入のため神戸港を密かに出港させました。
そして、イギリス海軍の警戒網をかいくぐり、イランのアバダン港に到着すると多くのイラン人が集まり、石油買い付けに来た日本船と日本人に非常に好意を寄せてくれ、翌日の地元の新聞に大変歓迎される記事が掲載されたのでした。
しかしながら、この後、石油を国有化したモサデクは英米によって転覆されてしまいます。そして、このことが後のイラン革命に重大な役割を持ってくるのです。
これが、「日章丸事件」の主なストーリーです。
このような歴史を持つ日本が集団的自衛権を行使して参戦することに本当に意義があるのでしょうか、甚だ疑問です。
ちなみに若き石原慎太郎氏がこの事件に影響され「挑戦」という小説を書いているそうです。彼が現在の日本をアメリカの「妾」と呼ぶのもわかるような気がします。彼は彼なりに若い時から一貫したものを持っているのです。
