これまで私は,現在のイランを巡る情勢を戦前の日本と比較していろいろ書いてきましたが、アメリカでもそう感じている人がいるようです。

ナショナル・インタレスト誌にロバート・メリーという人が大変興味深いことを書いています。冒頭から少し訳してみます。

「1941年11月26日、ホワイト・ハウスの役人、ヘンリー・フィールドはルーズベルト大統領の秘書であるグレース・ツリーから奇妙な役割を行うため呼び出された。ツリーはもっとも若くて優秀なスタッフの一人であるフィールドに対して早急に日系人の名前と住所を調べろというのである。

これは日本の真珠湾攻撃の11日前である。その同じ日にコーデル・ハル国務長官は野村吉三郎と来栖三郎という2人の日本の外交官に対して最後通牒と思しきものを手渡した。ジョン・トーランドが書いた『悪名:パールハーバーとその後』で、野村はびっくりしてしゃべることができず、来栖は、すぐにこれが東京で「侮辱」ととられることを理解したと書いています。アメリカは日本を激しい経済制裁に追い込んでおいて、日本を辱める以外では、矛を収める気がなかったのです。このハル・ノートでアメリカは、日本との戦争と日系アメリカ人の隔離を確実にしたのです。

アメリカは現在、同じような戦争の道をイランと歩んでいます。ルーズベルト大統領が日本にしたように、オバマ大統領は激しい経済制裁をイランに課しています。ルーズベルト大統領のように、オバマ大統領は敵国から両方が納得できるような案を作ろうという意向がもたらされています。しかし、オバマ大統領は、ルーズベルト大統領と同じように、その意向を蹴飛ばしてしまいました。また、ルーズベルト大統領は、チャーチル首相から強硬であれと圧力を受けていました。そしてオバマ大統領はネタニヤフ首相から同じ圧力を受けているのです。

しかし、そこには大きな違いがあります。ルーズベルト大統領は日本との戦争を欲していました。オバマ大統領がイランとの戦争を欲しているかどうかがはっきりしないのです。もしオバマ大統領が戦争を望んでいるのなら、彼の行為は意味を成します。しかし、戦争を望んでいないのなら、彼のやっていることは向こう見ずです。」

私はこの論説で始めて、日系人の隔離政策が真珠湾攻撃以前に端を発していることを知りました。ロバート・メリーが言うようにルーズベルト大統領は日本との戦争についてやる気まんまんだったのです。

ところで、ニューヨークタイムズにイラン系アメリカ人のトリタ・パルジ氏が、アメリカがイランに求めるものがはっきりしないと嘆いています。

アメリカ議会とイスラエルはイランに対して一切の核物質の濃縮を認めないとの立場です。平和利用でもだめだと言っています。

パルジ氏が、この提案がアメリカ政府の提案になれば、イランは絶対に受け入れないと書いています。

一方、現在のオバマ政権は、イランが核物質を濃縮しても、核兵器に転用しなければOKと言っているのですが、本当に議会の反対を押し切ってもそれで進めるという覚悟が見えないのです。

実は、ハル・ノートにも同じような曖昧さがありました。ハル・ノートでは、日本が中国から撤退するように書いてありましたが、その中国に満州が含まれているかどうかわかりませんでした。

日本の和平派であった東郷外相は、満州が含まれていると解釈し、最後通牒と受けとったのです。

最後に、ロバート・メリーは、オバマ大統領が本心でイランとの戦争を望んでいるのか、そうでないのかがわからないと書いていますが、私にもわかりません。

ただ一つだけわかることは、オバマ大統領が再選を望んでいることに加えて、ユーロの危機やアメリカの失業率の高止まりで、アメリカ経済の急激な回復が無くなったことです。

そこで、オバマ大統領が再選に有利と見れば、イランとの戦争も厭わないでしょう。