1951年の上院でマッカーサー将軍は、先の戦争について次のように発言しています。

「日本は絹産業以外には、固有の天然資源はほとんど何もないのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い。錫(すず)が無い、ゴムが無い。それら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もし、これらの原料の供給を断ち切られたら、1000万から1200万の失業者が発生するであろうことを日本人は恐れていた。したがって、彼らは戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてだったのことだったのです」

1951年といえば、ちょうど朝鮮戦争が続いている最中でした。マッカーサー将軍も日本が朝鮮半島や満州に対して抱いていた心配を嫌というほど共有できたわけです。

その結果が、あの戦争は日本にとって止むを得なかったものではないかというものでした。

さて、明治維新以来の事件で太平洋戦争に次ぐ出来事は、現在のバブル崩壊とその後始末だと私は考えています。

バブル崩壊の後、日本のとった経済政策は正しかったのでしょうか。

ここでは、アメリカのポール・クルーグマン教授が、F.Tのマーティン・ウルフに語った言葉を引用したいと思います。

「日本で起きたことは我々にとって訓話である。(バブル崩壊後の)日本のとった行動はほとんど模範にまで変わってしまった。彼らは、アメリカがおちいった大きなスランプにはなってないし、『失われた10年』と呼ばれていた間も、一人当たりの所得は上昇していた。私の冗談は、『10年前に日本について心配していた人々は東京に行って陛下に謝るべきである。』というものだ。我々は日本がやったよりもまずいやり方をしている。人々が、『私たちは日本のようになるのですか』と聞いてきたら、私は、『日本のようにやれたらいいなあ』と答える。」

クルーグマン教授も、以前は日本の財政拡大に否定的で、日本が経済成長しないのは老齢化が原因だなどと言っていたのですが、アメリカでのバブル崩壊で日本のやってきたことが、そんなにおかしなことではないと気づいたのです。

マッカーサー将軍もクルーグマン教授も実は、同じことを言っています。太平洋戦争やバブル崩壊が起こった時、日本人のやっていることは、不合理で不可解のように思えた。しかし、それから10数年経ってから見てみると、実は合理的だと発見するのです。

私としては、もうちょっと早く気付いて欲しかったような気がします。