韓国の『朝鮮日報』や『中央日報』の日本語版でたまに福沢諭吉や伊藤博文を批判するのを見かけますが、小村寿太郎を批判する記事を読んだことがほとんどありません。

しかし、片山慶隆教授が書いた『小村寿太郎』を読んでみると、小村こそが、韓国を併合する戦略を推進していったことが明らかになります。

著者によれば小村は、韓国に対して全然興味がなかったそうです。「彼は、韓国はまともな独立国ではなく、政治家には独立を維持する能力もないと考えていた」と書かれています。

もちろん、このような韓国に対する無関心だけが、併合を推し進めた理由ではありません。小村もまた、日本の歴代の戦略家と同じことをかんがえていました。

『もし、他の強国が朝鮮半島を有するに至ったならば、日本の安全は常に脅かされてしまい。到底無事を保つことができない。このような自体を、日本は絶対許容することができないので、これを予防するのが日本伝統の政策とも言える』

韓国に対する無関心と、この前提に小村のビスマルク的能力が結びつきます。

日英同盟の第2次改訂で、イギリスのインド保有を認める代わりに、日本の韓国保護国化を認めさせます。

また桂・タフト覚え書きでは、アメリカのフィリピン領有を認める代わりに、日本の朝鮮半島での優位性を確認させます。

さらに、ロシアとの間では、日露戦争後のポーツマス条約で、同じことを認めさせたのです。

この、小村の戦略の前に韓国は何もできず、あっさりと併合されてしまったのです。

このように小村寿太郎こそが、韓国を併合に導いた張本人なのに、安重根は韓国に同情的な伊藤博文を暗殺してしまいました。

今も昔も韓国の人は考え違いをしているようです。それとも、現在の韓国の新聞が小村を取り上げないのは、やはり恐れを抱いているからでしょうか。