藤原さんをはじめとする「保守」論客は、現行の日米安保を結んだままで憲法改正が可能であると考えているようです。

 私はそれはほとんど「幻想」だと思っています。

 なぜなら、日米安保と平和憲法は一方をそのままにしておいて他方を変更できるという関係性にはなっていないからです。

 今までテレビなどで何回か聞かされた「保守」と「左翼」の討論を通してこの問題を考えてみます。

 だいたい「左翼」の人が「第2次世界大戦後、日本が平和だったのは日本が平和憲法を持っていたからだ」と主張します。すると、すかさず「保守」の人が「日米安保があったから平和だったのだ」と答えるのが常でした。

 以前私は、日米安保があったから平和を保てていたという保守の人の意見にシンパシーを抱いていましたが、現在は両方正しいのではないかと思っています。

 なぜなら、日本は確かに平和憲法を使って、アメリカからの派兵要求を蹴飛ばしてきたからです。

 一方、日本が他国から攻撃されなかったのは日米安保による抑止が働いていたことも事実です。

 「保守」も「左翼」もある部分では両方正しかったのです。

 つまり、戦後の日本の安全保障問題に対して、「日米安保」と「平和憲法」は一枚のコインの表裏のような関係になっているのが私の「仮説」です。

 そこで改憲論者が平和憲法を蹴飛ばそうと思ったら、コインの裏にある日米安保も蹴飛ばすことになってしまうのです。

 改憲論者はそこまで考えているのでしょうか。

 逆に、日米安保を蹴飛ばしてしまえば、必然的に裏側の平和憲法も蹴飛ばすことができるのです。