『街場のアメリカ論』という本の中で、著者の内田樹さんは未来学者ローレンス・トーブという人の言論を引用しています。

 「トーブは、アメリカではいずれ組織的な反ユダヤ主義の暴動が起きると予測しています。
 『それはゲットーを超えて隣接地域やユダヤ人の働く地域まで広がり、やがてテロの形態を含むアメリカ型ポグロムとなる』のですが、警察や行政当局は真剣に阻止しようとせず、『犯人を捕らえて裁判に付しても、陪審員は微罪で解放してしまう。一般大衆は帝政ロシアやナチス・ドイツにおいてと同じように座視するか無視するかあるいは迫害者に共感をよせる』。」(『街場のアメリカ論』135頁)

 果たして本当にこのようなことが起こりうるのでしょうか。わたしはそうなる可能性があると考えます。アメリカが現在行っているイスラエル一辺倒の外交政策の反動が必ず起きると思っているからです。

 ここで現在のアメリカのイスラエルに対する外交を、戦前の中国に対する外交と比較してみます。そうすることで似たような問題があることを気付かせてくれるからです。

 戦前アメリカ人の中国に対する思い入れを英国人学者クリストファー・ソーン教授は『満州事変とは何だったのか』という本で次のように指摘しています。

 「一部の口やかましいアメリカ人にとっては、中国は今やイギリスでほとんど見られなかったように種類の使命感の対象となりつつあった、ウッドロー・ウィルソンは人類が民主主義の勝利を目指して進んでいるなかにあってアメリカは『世界のことに配慮する』よう運命付けられていると考えていたし、ウィルソンの徒たちは、とくに中国を、アメリカにならって降伏と繁栄の未来へと導き入れなければならない特別な被後見人だと考えていた。・・・このような信念が生まれたのは、1830年頃からの中国でのアメリカ人宣教師の不屈の努力、とりわけ1890年から1920年にかけての彼らの熱心な運動にその多くを負っている」(『満州事変とは何だったのか』37-38頁)

 ソーン教授が書くように戦前のアメリカ人が中国に思いを寄せることのなかにキリスト教の影響がありました。現在のアメリカがイスラエルを支持しているなかでもキリスト教右派の影響力を見逃すことが出来ません。

 ソーン教授は政・官・財および民衆に広がった中国支持の運動を『満州事変とは何だったのか』、『米英にとっての太平洋戦争』で「チャイナ・ロビー」と書かれていますので、筆者もそれに習うことにします。

 さてこのチャイナ・ロビーのなかで一番の影響力を持っていたのが、雑誌『タイム』や『ライフ』の創設者であったヘンリー・ルースでした。彼はこの媒体で中国に対する関心をアメリカ人に広げることに成功したのです。

 最近読んだ『アメリカ帝国の衰亡』のなかで著者のポール・スタロビンはルースのことを最初のネオコンだと書いています。

 1920年代(ウィルソン大統領の後)ぐらいから徐々にアメリカの中国に対する外交が理想主義的で情緒的になるにつれて、ごく少数ですが「現実的」なアメリカの職業外交官に危機感が広がってきます。

 そのなかで代表的な人が中国公使を勤めたことのあるジョン・アントワープ・マクマリーで、彼は1925年に『平和はいかに失われたか』というメモランダムを書いています。このなかでアメリカがこのままの中国に対する外交を続ければ日本との戦争になることを危惧していました。

 ちょうどこの時期に日本に駐在していたアメリカ大使ジョセフ・グルーもこのマクマリーのメモランダムを日中戦争が始まってから読んだようです。

 「これはまさに傑作だ。上は大統領から下は極東政策に関与する全ての官僚までがこれを読み、勉強して欲しい。中国と日本の実像を正確に、客観的に教えてくれる。また日本がいつも尊大な弱いものいじめで、中国が虐げられた無垢な人だというわれわれの多くの同胞を考えさせるのに役立つだろう。」(『平和はいかに失われたか』9頁)

 現在のアメリカのイスラエルに対する情緒的な外交に対しても一部の現実主義的な人たちが反論しています。それを代表するのがシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授とハーバード大学のスティーブン・ウォルト教授が共同で書いた、そのものずばりの『イスラエル・ロビー』です。

 この本の中で両教授は、現在のイスラエル一辺倒の外交はアメリカにもイスラエルにも良い結果をもたらすことはありえないと断言していますが、戦前の中国人と日本人の関係が見えていないアメリカの大多数の世論は現在のイスラエル国民とパレスチナ人の関係も見えていないのでした。

 マクマリーは『平和はいかにして失われたか』を日中戦争が始まる前の1935年に書いたのですが、将来を次のように予測して終えています。

 「日本に対する米国の勝利は、極東での障害要素であった日本が排除されて、リベラルな路線での米中の緊密なる理解と協力に役立つ機会が大いに開けていくとの予測する平和主義者や理想主義者がいるかもしれない。しかしそれは思い違いである。中国人は、過去も現在も未来も、外国を野蛮な敵と常に見なしており、外国を競り合わせて利を得ようとしてきた。外国の内で一番成功している国が尊敬されるが、その次にはたちまち引きずり落とされてしまうという始末である。」(『平和はいかに失われたか』190頁)

 マクマリーの予想通りに世界は動いていきました。日本が敗戦した後にすぐ中国では国共内戦が再び始まり、共産党が統一を果たしてからすぐに朝鮮戦争が始まったからです。「封じ込め」政策を作ったジョージ・ケナンも戦後にこのメモランダムを読んでマクマリーを「予言者」と尊敬を込めて呼んだのでした。

 このように戦前の極東情勢の認識度では明らかにマクマリーのような「現実主義者」が「チャイナ・ロビー」よりも数段優れていました。おそらく「イスラエル・ロビー」も同じ運命をたどるでしょう。なぜならイスラエル・ロビーはアメリカの国益とイスラエルの国益は同じものだと言い張りますが、そんなことはありえないからです。

 問題は、「イスラエル・ロビー」の言っていることについてアメリカの大衆がその「嘘」に気づいた時です。「チャイナ・ロビー」の顛末を見ておきましょう。

 それは中国共産党とアメリカが戦うはめになった朝鮮戦争後におこります。片岡鉄哉先生の『さらば吉田茂』から引用します。

 「十月末に中国人民軍の部隊が国連軍と接触を始めた。1948年頃からアメリカの世論は徐々に、戦時中の中国一辺倒から親日的に変化していた。それが中共との戦闘開始で、一挙に親日になる。
 『あれだけ日本との抗戦を応援してやったのに、その恩を仇で返すのか。これは裏切りだ一体クリスチャン・アンド・デモクラティック・チャイナなんていうとんでもない夢を売りつけたのは誰だ。国務省に赤の手先がいるのだろう。そいつらを吊るし上げよう。』
 こんなふうに世論が一夜でひっくり返ることになる。これはマッカーシー議員の魔女狩りに発展する。当時のアメリカ人は、夜寝る前にベッドの下に共産党員が隠れていないか調べたというジョークがあった。」(『さらば吉田茂』144頁)

 チャイナ・ロビーの嘘が明らかになった時に、アメリカの大衆はそんな変なものを信じてしまった自分を反省しないで「全体主義」的な「赤狩り」に突き進んでいったのです。

 では「イスラエル・ロビー」の嘘が明らかになったらどうなるでしょう。

 チャイナ・ロビーの場合は「地下に潜った共産主義者」という想像上の存在を探さなければいけませんでしたが、イスラエル・ロビーの場合はそのようなものを作り出す必要がないのです。

 IPACなどのイスラエル支援団体にはたくさんのユダヤ系アメリカ人がいるのですから。

 追記

 この問題は以前から筆者が考えていたものですが、いろいろなことを提起しているので具体的には書きませんでした。ただつい最近におこった事件に触発されて発表することにします。

 引用した文章には本のタイトルと頁をのせています。

 長い文章になりましたが、最後まで読んでくれてどうもありがとうございました。