さて高坂正堯氏が指摘した「利害計算に基づく対米従属=『狡猾なナショナリズム』と対米従属継続の批判=『素朴なナショナリズム』」という日本国内の分裂はどこから来たのでしょうか。
一つの可能性として、それは「米ソ冷戦」によるものだという考え方があります。若泉敬も最初はそう考えていたようです。なぜなら彼は沖縄返還時の核密約を暴露する『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』を冷戦後の93年に書き上げ、翌年に出版しているからです。
彼はこの本を出版することによって「日本人が否応なく『独立主権国家としての安全の存立の他に、国際社会の平和と安全に大きく関与』するようになり、『日本の再独立に向かって、物心両面に於いて大きな歩みを進める』」と考えていたようですが、見事に裏切られることになります。
このブログでよく引用する元外務官僚の孫崎享さんや天木直人さんは厳しい対米批判を行いますが、彼らはアメリカに押し付けられた憲法9条を守ろうとする護憲派でもあります。一方「親米保守派」の櫻井よしこさんや田久保忠衛教授らは改憲を主張することと日米同盟の維持強化は矛盾しないと主張します。
高坂正堯氏の指摘した「狡猾なナショナリズム」と「素朴なナショナリズム」の分裂は2011年の現在においても何も変わっていないのです。
私はこの分裂は「米ソ冷戦」によって起こったのではなく、日本がアメリカと「日米安保条約」を結んだ時に発生したのだと考えています。
若泉もそのことにはうすうす感づいたようで『評伝若泉敬』の著者である森田吉彦氏は次のように書いています。
「若泉は、出版の翌6月23日の沖縄慰霊祭のときには、喪服姿で国立沖縄戦没者墓苑を訪れて『他策』を供え、そこで自裁することで、自らも関わった沖縄の現状を訴える覚悟であった。」
冷戦が終わったにもかかわらず、沖縄の過度の基地負担を負わせることに我慢がなくなり、自殺する覚悟までしたのでした。
さらにこの本には書かれていませんでしたが、NHKの番組で若泉は沖縄の基地を取り除くためには「日米安保の破棄」まで考えていたようです。
日本が外交で国民のコンセンサスを得られないことと日米安保には密接な関係があるのです。
次に続く。
お願いします
一つの可能性として、それは「米ソ冷戦」によるものだという考え方があります。若泉敬も最初はそう考えていたようです。なぜなら彼は沖縄返還時の核密約を暴露する『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』を冷戦後の93年に書き上げ、翌年に出版しているからです。
彼はこの本を出版することによって「日本人が否応なく『独立主権国家としての安全の存立の他に、国際社会の平和と安全に大きく関与』するようになり、『日本の再独立に向かって、物心両面に於いて大きな歩みを進める』」と考えていたようですが、見事に裏切られることになります。
このブログでよく引用する元外務官僚の孫崎享さんや天木直人さんは厳しい対米批判を行いますが、彼らはアメリカに押し付けられた憲法9条を守ろうとする護憲派でもあります。一方「親米保守派」の櫻井よしこさんや田久保忠衛教授らは改憲を主張することと日米同盟の維持強化は矛盾しないと主張します。
高坂正堯氏の指摘した「狡猾なナショナリズム」と「素朴なナショナリズム」の分裂は2011年の現在においても何も変わっていないのです。
私はこの分裂は「米ソ冷戦」によって起こったのではなく、日本がアメリカと「日米安保条約」を結んだ時に発生したのだと考えています。
若泉もそのことにはうすうす感づいたようで『評伝若泉敬』の著者である森田吉彦氏は次のように書いています。
「若泉は、出版の翌6月23日の沖縄慰霊祭のときには、喪服姿で国立沖縄戦没者墓苑を訪れて『他策』を供え、そこで自裁することで、自らも関わった沖縄の現状を訴える覚悟であった。」
冷戦が終わったにもかかわらず、沖縄の過度の基地負担を負わせることに我慢がなくなり、自殺する覚悟までしたのでした。
さらにこの本には書かれていませんでしたが、NHKの番組で若泉は沖縄の基地を取り除くためには「日米安保の破棄」まで考えていたようです。
日本が外交で国民のコンセンサスを得られないことと日米安保には密接な関係があるのです。
次に続く。
