私がしょっちゅう引用する片岡鉄哉先生の『さらば吉田茂』の中で、アイゼンハワー大統領が日本経済について側近と語る場面が出てきます。

 「就任間もなく、国家安全保障委員会が開かれ、財務長官のジョージ・ハンフリーが『あの4つの島に閉じ込められた日本経済がうまくいく可能性があるのかね』と質問したことがある。するとアイク(アイゼンハワー大統領)は『満州と北支の市場アクセスがなければ、日本の将来はない』といっている。そして彼はにやっと笑って『これは1930年代に、日本の軍閥がよくいったことだがね』と付け加えている」

 私が以前読んだ戦前の日本経済に関する本でも、日本は満州や北支とは貿易関係が活発で、上海などは欧米の方が関係が深かったなどと書いてありました。

 このように日本が中国の北部と関係が深かったのは戦前だけの歴史と思っていたのですが、そうでもないようです。『尖閣戦争』という本で著者の一人である青木直人さんが次のように語っています。

 「トヨタのライバルであるGMは、中国ビジネスの中心を上海においていますが、トヨタは上海には関連会社は一社もなく、胡錦濤主席や温家宝首相らが力を入れている天津と大連、長春など東北地域に生産拠点を移動させています」

 青木さんが語っていることが事実ならば、現在の中国指導部は中国北部の利害を代表して、日本とうまくやっていきたいと考えているのです。それに対して江沢民を筆頭とする上海派は日本よりも欧米との協調を望んでいるのでしょう。だから上海派は平気で反日をやるのです。

 このように中国では南北の地域対立が外交にも反映されているわけですが、現在の共産党の権力闘争では胡錦濤指導部は受け身にたたされているようです。

 中国共産党が崩壊すればもっとわかりやすくなると思うのですが。
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