中国が今回の事件で日本に対して強硬になった理由を『毎日新聞』のコラムでは中国の現指導部と保守派が権力闘争を行っているのではないかと書いていました。

 またウォール・ストリート・ジャーナルでも軍、国有企業、官庁に勤める新しい世代の共産党員が現指導部に対して圧力をかけているのではないかと推測しています。

 私もこれらの意見に賛成なのですが、以前と比べてあまりにも激しい理由がいまいち理解できません。日本が中国人船長を釈放した後も「謝罪と賠償を求める」と言っているくらいなのですから。

 そこでここからはなぜ中国の強硬さが以前よりも激しいのかを推測してみたいと思います。

 以前、石平さんの観察に感動した覚えがあります。鄧小平は自分が亡くなった後も「改革開放」を維持するために人事を前もって決めていたというのです。それが江沢民であり、胡錦濤でした。

 そして実際、鄧小平が亡くなった後、中国共産党の人事は鄧小平の考えていた通りになりました。カリスマがあった鄧小平ならではの行為でしょう。

 ところが、さすがの鄧小平も胡錦濤の後継者を決めることはできなかったようです。そこで胡錦濤の後継を巡って激しい権力闘争が起こるわけです。

 もちろんどこの国にも権力闘争は存在します。日本でつい最近行われた管総理と小沢一郎の代表戦も権力闘争の部分の方が政策を巡ってよりも大きかったでしょう。

 これとは全く逆で北朝鮮の場合は、金正日が死んだ後で権力闘争が始まるのを恐れ「世襲」で指導者を決めようとしています。

 とごろが中国の場合、指導者を決めるのに日本のような選挙もなければ、北朝鮮が考える「世襲」でもありません。

 残る最悪の方法は「ルール無き権力闘争」というわけです。最悪の例が「文化大革命」です。

 毛沢東は農業や産業を国有化した「大躍進」政策を行いましたが、惨憺たる結果をもたらしました。餓死者が何千万人もでたと言われるほどでした。そこで彼はその責任を取らされて正式な機関で権力を剥奪されました。劉少奇や鄧小平の「実務派」に権力が移ったのでした。

 ところがこれに不満だった毛沢東は国民を煽動し、その国民を使って企業や官庁の権力を暴力で奪い返すということを中国全土で行ったのでした。これが「文化大革命」です。そして彼は実際に権力を奪い返すのでした。

 さらに「文革」の間、中国の外交も強硬になりソビエトとダマンスキー島を巡って激しい戦争を始めたのでした。

 私は胡錦濤の後継争いが「文革」のようになるとは思いませんが、ルールなき権力闘争はどのようなものになるのか想像がつきません。ただ今回の中国外交でわかったことはそれがかなり手に負えないものになる可能性なのでした。