鳥居民さんは『昭和20年』や今回の本でも日本がアメリカとの戦争を避けるには中国からの撤兵が必要不可欠だったのに、それができなかったのはなぜだったのだろうということを追求してきました。

 答えは全く意外なものでした。「2.26」事件にあるというのです。

 太平洋戦争に至る時期に日本の権力を調整していたのは内大臣の木戸幸一でした。木戸は2.26事件において徹底的に鎮圧することによって内大臣の地位についたのでした。また東条や杉山などの将官も2.26を鎮圧することによって陸軍の上層部に出世したのでした。

 ところが東条や杉山は一方で支那事変を拡大した張本人でもあったわけです。2.26弾圧側=支那事変拡大派という図式が成り立つのでした。そこで支那事変においてアメリカに譲歩すれば、このうようなことが起こるだろうと鳥居さんは書いています。

 「2.26のあとに陸軍を支配するようになった軍人たちのやってきたことの全否定になり、かれらの総退場とならざるをえず、そこで内大臣秘書官長だったかれ(木戸)の2.26の解決方法が根本的に誤っていたのだという告発、糾弾を導くことになってしまうことからかれには大転換できなかったのです」(274頁)

 つまり木戸内大臣の論理は「アメリカに譲歩したら国内の政敵にやられてしまう。だからアメリカと戦おう。」というものになります。こんなとんでもない理屈で日本はアメリカと戦ったのでした。

 ところで、私は鳥居民さんが発見した木戸内大臣の理屈は現在のイラン情勢に適用できると思っています。

 皆さんもご承知のようにイランの核開発に対してアメリカは経済制裁で圧迫しています。イスラエルやアメリカが核を保有しているのに、イランの核開発だけを咎めるのは決して公正なこととは思えません。しかしアメリカおよびイスラエルがイランの核兵器保有を許さないと決めている以上、イランがかれらとの戦争を避けるためにはイラン側の十分な譲歩が必要なのです。

 ところが先のイランの大統領選挙をみてもわかるように、都市の住民は選挙の無効を訴えデモをおこない、農村の住民はアフマディーネジャード大統領を支持しています。国内がまっ二つに分かれているのです。農村の窮状に憤った青年将校が立ち上がった2.26の状態を呈しています。(タイの政治がグリッドロックになっているのも同じことだと考えられます)

 このように国内が激しく分裂している状態で、外交的な譲歩は可能なのでしょうか?

 イランは戦前の日本のように独裁制ではありませんが完全な民主制でもありません。とすれば国内に権力を調整しているイランの木戸内大臣がいるはずです。彼は次のように考えているでしょう。

 「アメリカに譲歩したら、国内の政敵にやられてしまう」と。

 このように国内が日本の2.26事件のときのように分裂していると、外交的に譲歩ができない可能性があります。

 そうであるならば、戦争は避けられないでしょう。