昨日の続きを書こうと思っていたのですが、ふと思いつくことがあったのでそちらを書いてみます。我々が現在生きている時代「平成」は「大正」時代と似た雰囲気があるのではないかという仮説です。

 『坂の上の雲』が描く「強烈」な明治時代と違い大正時代には何かほっとする雰囲気があるのですが、国内政治も安定するようになり大正後半には政党中心の政治が運営されるようになります。いわゆる大正デモクラシーです。

 現在の「平成」もあのジェットコースターのような「昭和」と異なる雰囲気を持っています。停滞の中の安定とでもいったらいいのでしょうか。そのような時代に本格的な政権交代がおこったわけです。

 さて、大正時代を代表する政治家は岩手県出身の原敬だったのですが、彼は鉄道を全国に引くことを利権に変えることによってパワーを獲得しました。当時のマスコミはそれを「我田引水」ならぬ「我田引鉄」といっていました。

 「平成」を代表する政治家はもちろん原敬と同郷の小沢一郎です。彼の金にまつわる話は耳にたこができるほど毎日聞かされているわけです。

 また大正時代には次のような事件がありました。鳥居民さんの名著『日米開戦の謎』から引用します。

 「憎しみのぶつかりあいは、内定していた皇太子妃の家系に色盲があることから、内定を取り消すべきだと山県(有朋)が主張したことによって始まった。大正9年のことだった。
 山県のこの主張に皇太子妃の父親の久邇宮 が激しく反発し、右翼団体が騒ぎだし、長州系と薩摩系の政治家の対立に発展した。宮廷と元老を巻き込んだこの騒ぎは、山県が譲歩し、皇太子妃の内定に変化がないことに決まって大正10年5月に混乱は収まった。」

 雅子妃を巡る騒動とほとんど同じようなことを日本人は大正時代にやっていたのでした。

 さらに「戦争」に関することも共通性があります。大正時代に全く新しい戦争が始まりました。それは第一次世界大戦で国家総力戦の最初となるものでした。これに日本は参戦しましたが、海軍派遣にとどまりました。

 「平成」でも「対テロ戦争」という全く新しい戦争が始まり欧米の強国は皆参戦していますが、日本はこれまた給油艦を派遣することで終わっているのです。明治憲法と平和憲法という全く違う憲法をもっているのにかかわらず、やっていることは同じようなことなのでした。

 ではこれらの共通性から何が導きだせるのでしょうか。

 「明治」、「大正」、「昭和」、「平成」という日本の近代には激動ー内向きー激動ー内向き、というリズムを感じることができます。

 そこで現在の皇太子が次の天皇になられるときは「大正」「平成」型ではなく「明治」「昭和」型ではないのかと思われるのです。

 「明治」や「昭和」に匹敵する次の時代とはどのようなものなのでしょう?私には一方では見てみたいという好奇心ともう一方では「勘弁してほしい」と思う気持ちがあります。

 そういえば私は阪神淡路大震災を直接経験しましたが、関東大震災が起きたのも大正時代でした。
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