以前からの続きです。
ここで言いたい事は、決して現在のアメリカの外交を批判する事は「反米」ではないこと。なぜならアメリカ外交には全く別の選択があるし、それを行えばアメリカははるかに世界から尊敬されるであろう。その副産物でアメリカへのテロが減るかもしれない。
ジェファソニアンはアメリカ合衆国第三代大統領トマス・ジェファソンからきています。村田教授の本ではジェファソンは「独立自営農民こそが民主主義の中核であると信じていた」と書いてあります。
独立自営農民と言われても日本人にははっきりしないでしょう。私が以前ミードの本を読んだ記憶ではだいたい次のような感じです。ジェファソニアンは「個人の自由」をとても大切に考えています。当然それを抑圧するような大きな政府を嫌います。また同じように大企業なども嫌います。パワーというものは「抑制」されなければならないと考えるのです。
当然このような考え方は対外政策にも及び、ジェファソニアンは国益というものをできるだけ狭く解釈しようとします。必然的にジェファソニアンはバランス・オブ・パワーの外交を追求することとなります。よくジェファソニアンの外交はアメリカの「孤立主義」と間違われますが、ジェファソニアンは他国と交わした約束はきちんと守ります。
このような外交を典型的に表現しているのがかのソビエト「封じ込め」政策を提案したジョージ・ケナンです。ケナンの名著『アメリカ外交50年』には次のように書かれています。
「われわれの安全はわれわれの歴史の多くを通じてイギリスの地位に依存してきたこと、とくにカナダはアメリカとイギリス帝国との友好関係を維持するため有効かつ不可欠な人質ともいうべきものであったこと、そして、そのイギリスの地位はヨーロッパ大陸における勢力均衡に依存していたこと、などである。それゆえ、アメリカにとって、イギリスにとってそうであったと同様に、欧亜大陸全体がただひとつの陸軍強国によって支配されるようなことを許すわけにはいかないというのが安全保障上の基本的な用件であった」
ケナンにとってユーラシア大陸が一つのパワーになりそうな時だけが、アメリカは戦争を覚悟しなければならなかったのである。それ以外の介入はなるべく控えめにするのが彼の考え方であった。
次回はジェファソニアン外交の現代的意味について書いてみたい。

よろしくお願いします。
ここで言いたい事は、決して現在のアメリカの外交を批判する事は「反米」ではないこと。なぜならアメリカ外交には全く別の選択があるし、それを行えばアメリカははるかに世界から尊敬されるであろう。その副産物でアメリカへのテロが減るかもしれない。
ジェファソニアンはアメリカ合衆国第三代大統領トマス・ジェファソンからきています。村田教授の本ではジェファソンは「独立自営農民こそが民主主義の中核であると信じていた」と書いてあります。
独立自営農民と言われても日本人にははっきりしないでしょう。私が以前ミードの本を読んだ記憶ではだいたい次のような感じです。ジェファソニアンは「個人の自由」をとても大切に考えています。当然それを抑圧するような大きな政府を嫌います。また同じように大企業なども嫌います。パワーというものは「抑制」されなければならないと考えるのです。
当然このような考え方は対外政策にも及び、ジェファソニアンは国益というものをできるだけ狭く解釈しようとします。必然的にジェファソニアンはバランス・オブ・パワーの外交を追求することとなります。よくジェファソニアンの外交はアメリカの「孤立主義」と間違われますが、ジェファソニアンは他国と交わした約束はきちんと守ります。
このような外交を典型的に表現しているのがかのソビエト「封じ込め」政策を提案したジョージ・ケナンです。ケナンの名著『アメリカ外交50年』には次のように書かれています。
「われわれの安全はわれわれの歴史の多くを通じてイギリスの地位に依存してきたこと、とくにカナダはアメリカとイギリス帝国との友好関係を維持するため有効かつ不可欠な人質ともいうべきものであったこと、そして、そのイギリスの地位はヨーロッパ大陸における勢力均衡に依存していたこと、などである。それゆえ、アメリカにとって、イギリスにとってそうであったと同様に、欧亜大陸全体がただひとつの陸軍強国によって支配されるようなことを許すわけにはいかないというのが安全保障上の基本的な用件であった」
ケナンにとってユーラシア大陸が一つのパワーになりそうな時だけが、アメリカは戦争を覚悟しなければならなかったのである。それ以外の介入はなるべく控えめにするのが彼の考え方であった。
次回はジェファソニアン外交の現代的意味について書いてみたい。
よろしくお願いします。
