色の宝石箱 Larimar ラリマー -97ページ目

色の宝石箱 Larimar ラリマー

カラーセラピストの
美斗(ミント)です。
ご訪問ありがとう
ございます(*^_^*)
テーマはいろいろだけど
最近は自分の好きな事を
ブログに書いています。



次は余呉湖(よごこ)を周りました。

お恥ずかしいながら

今回まで滋賀県に余呉湖が

あるとは知りませんでしたあせる

朝からずっと曇り空だったので

写真は良く撮れてませんが

綺麗な湖でした。


賤ヶ岳(約422m)を一つ隔てた

琵琶湖の北にあります。


面積約1.8平方キロメートル

周囲約6.4km、水深13m


三方を山で囲まれた断層盆地にあって

琵琶湖との水面落差が49m近くあります。


古くは、琵琶湖を大江(おうみ)

余呉湖を伊香(いか)の小江(をうみ)と称し


天女の羽衣や龍神

菊石姫の伝説が残る神秘の湖です。


別名鏡湖とも呼ばれます。


白鳥に姿を変えて

水浴びを楽しんでいた

8人の天女の姉妹のうち


伊香刀美(いかとみ)に

羽衣を取られた末妹だけが

天に帰れなくなり


夫婦となって2男2女を

もうけたという物語です。


また羽衣を取ったのは桐畑太夫で

菅原道真がその子であると

伝える話もあります。


余呉湖と琵琶湖にのみ棲息する特産物

イワトコナマズをはじめ

ワカサギ、フナ、コイ、ウナギ

ナマズなど魚類も多くいます。


夏は水面近くを

フナの大集団が回遊する姿が見られ

冬には水鳥も飛来します。


滋賀・琵琶湖観光情報サイトより

転載させていただきました。


菊石姫と蛇の目玉石



菊石姫伝説

川浪村の南に都落ちしてきた

桐畑太夫という人がいて

菊石姫という姫がいました。


姫は8歳になると

美しかった肌に蛇のような

模様が現れたので

離れの仮屋に

乳母を付けて捨ておかれました。


姫が18歳の時

旱魃(かんばつ)が襲い

田畑が枯れました。


その時、姫は自分が湖の主となり

雨を降らせようと入水しました。


姫の姿はたちまち竜とねり

乳母に片方の目玉を抜き取り与えました。


やがて雨が降り、人々は喜びました。


竜の目玉は舐めると

病気が治ったりする

不思議な力がありました。


竜の目玉は

お上に取り上げられ

さらにもう一つの目も

差し出せと迫られました。


乳母が泣く泣く頼むと

竜はもう片方の目玉も抜いて

岸に投げましたが

岩の上に落ちて目玉の跡がつきました。


これは目玉石といって今もあります。


また、姫の竜は

もう目が見えないから

湖の四方にお堂を建てて鐘を突いて

刻を知らせてくれと頼みました。


そして、二度と出て来ないから

会いたくなったらこの石を見なさい

と言って消えました。


これは今も蛇の枕石といって湖中にあり

旱魃の時に水から上げ雨乞いをすると

雨が降ると言います。


太夫は余呉湖の周りに

七つのお堂を建てました。


姫が主となってからは

湖は暗い海となり

底は見ることはできません。





新羅崎の森壕

いろいろな伝説を秘めた

新羅崎神社乃跡地



日照りで困った時に

湖から目玉石を上げて

森羅の森に運んで祈ると

雨が降り出すと言われています。


ここから上がって行くと

森羅の森に行くのかな?!


暗くて森が深そうで

行けませんでしたが・・・。


余呉湖あじさい園

湖畔を600mに渡って

咲き誇る紫陽花は

私達が行った時には

ちょうど見頃でした。

青い紫陽花と

翡翠色の湖と

とても綺麗でした。


鏡湖と呼ばれるだけあり

静かな湖面に風景が映り込み

ほんとに鏡のような世界が広がってました。


鏡に映った美しい湖面から

日本のウユニ塩湖とも言われています。


今回は通り過ぎるように

余呉湖を通過しただけですが

次はゆっくりと訪れたいと思いました。



この後、長浜港へ行き

フェリーで竹生島へ向かいました。


今回で竹生島へ行くのは

4度目でした。

竹生島の事は以前にブログに

書いたので今回は省きます。


でも、少しだけ写真を載せました。

竹生島 竜神拝所にて


一休みしているのか?

トンビ?

なかなか飛び立ちませんでした。


憂に満ちた後ろ姿が

なんだかとても素敵な鳥さんでした。


次の写真は2回目に

竹生島へ参拝に行った時の写真


こちらの不動明王様が

大好きです。



竹生島へ行き今回の2泊3日の

水のスピツアーは終了です。


最後まで読んでくださり

ありがとうございました。


下のブログは8年程前に

初めて竹生島へ行った時に

書いた物です。

良かったら読んで下さいね。




「えれひこじんじゃ」って

ちょっと変わった名前ですね。


えれひこの名は

新羅の官名と言われているそうです。



古来、伊香郡は一大製鉄地帯であり

その鉄を求めて日鉾神の後裔が

入植してきたと考えられています。


白木明神と称されていた

時代もあったようです


余呉湖の西畔には

新羅崎神社跡(白木神社跡)があり

一族は余呉湖周辺を拠点としたようです。


当社周辺には「鉛練古墳」「日槍塚」があり

創祀は古墳祭祀であったのかもしれません。



御由緒書きの案内板の下に

聞か猿かな?

見猿と言わ猿は無かったけどキョロキョロ



鳥居をくぐります。



ケヤキ

境内には大きなケヤキの木が

4本あるそうです。




拝殿階段下の狛犬



ケヤキ

手水舎

拝殿



御本殿

御本殿前の

狛犬



御祭神 

大山咋命(オオヤマクイノミコト)

日吉神社や松尾大社の祭神として

その霊威が広く全国に広がっています。

大山に杭(咋)を打つ神

つまり大きな山の所有者を意味し

山の地主神であり、農耕を司る神とされます。

農業や醸造の神として有名です。


天日桙命(アメノヒボコ)

アメノヒボコは

新羅(しらぎ)の国の王子として

古事記や日本書紀

播磨国風土記などに登場します。

アメノヒボコ=秦氏とも言われています。



中門と玉垣

見事な彫り物です。



境内に入ると

ずっと良い香りがしていました。


何の匂いか境内を見回した所

白い花を付けた木がたくさん

植えてありました。


花木の名前はわかりませんが

この花の香りが

境内じゅうに漂っていたようです。


ブロ友さんから教えて頂きました。

榊(サカキ)みたいです。

榊にこんなに可愛いくて

良い香りの花が咲くなんて

知りませんでした。


鉛練日古神社の奥宮ではないかと

考えられている所が

北東400mの山中にあるようです。


式内社 大水別神社の論社で「大水ヶ谷石窟」

と称される石窟があります。

雨乞いの聖地で「池ヶ谷竜神」とも言われ


また社名通りに大和の水分社のように

用水の分配所でもあったとか言われています。


今回は奥宮には行けませんでしたが

機会があったら参拝に

伺いたいなと思いました。


次へと続きます。




丹生神社(にゅうじんじゃ)

(滋賀県長浜市余呉町上丹生378)

手水舎

長い階段を上がります。

上から下を見た写真

拝殿には

白い幕が掛かってました。

余呉周辺の神社は

工事でも無くて

白い幕が掛かった神社が多いですね。

狛犬

由緒書きの案内板

本殿を横から見た写真


御祭神

彌都波能賣命(みつはめのみこと)

神生みの終わりに生まれた

火を鎮める水神にして

豊穣をもたらす農耕神です。

罔象女神、罔象女、水波能売命

みづはのめのかみ、などとも記されます。


丹生都比賣命(にうつひめのみこと)

別名ワカヒルメノミコトと呼ばれ

天照大御神の妹神様です。

 今から1700年よりも前に

高野御子大神と一緒に

紀州や大和の人々に農耕を広め

最終的に紀伊山地にある

天野の地に鎮座されました。

 諸々の災いをはらいのけて

すべてのものを守り育ててくれる

ご利益があります.



次へと続きます。




駐車場に車を停めて


小川にかかった

赤い欄干の橋を渡ると

鳥居が有ります。


その前に橋の上から写真をパチリ! 


御由緒書きの案内板

手水舎

夫婦杉の御神木

祓所

狛犬

境内はとても清々しくて

気持ちが良かったです。

可愛いアマガエルさんが

お出迎えしてくれました。



拝殿前には

白い幕がかかってました。

拝殿から見た鳥居

拝殿

お賽銭箱の三羽鶴の紋章

横から御本殿へ向かいます


横から見た本殿

もみじの青葉が美しい

御本殿前の狛犬




御本殿

御祭神


巨知人命(おうしりびとのみこと)

梨津臣命(なしとみのみこと)

海津見命(うみつみのみこと)

立派な彫り物です。


境内社

どの神様が祀られているか不明

境内社の後ろの山には

御神木のブナの木があります。


ブナの御神木の案内板

ブナの御神木

胸高の周り 235㎝

直径    75㎝

推定樹齢  200年以上


次へと続きます。




今年の梅雨は雨が少なく
早く明けたかと思ったら

台風が来ていて
この所、雨が続いていますね。

今日は水のスピツアーの事は
一休みして別の事を書いてみました。


毎年、家の庭で

カマキリの子供と

夏の終わり頃には

カマキリの親を見かけます。


今年もカマキリさん

家の庭で生まれてくれたみたい。


虫の中で一番カマキリが好きなので

見つける事ができてすごく嬉しいです。


ノーゼンカズラの写真は

少し前に写したもの

今は雨と風で花は

すっかり落ちてしまいました。

でも、もう少ししたら

第二弾の花が咲きます。


きっとメジロだと思うけど

遊びに来てくれました。


窓を開けると逃げてしまうので

家の中から望遠にして

そっと写しました。


見つけにくいかもしれないけど

動画も撮りました。

2羽のメジロさん達が来ています。

花の蜜を吸ってるのかな?



ここからの写真は

今日写したものです。


斑入りツルバキアは2度目の開花です。



葉の色と形が可愛い

斑入りノブドウ


下の写真の葉は

斑入りのハイビスカス(ときこ)


ハイビスカスの花は

あまり好きではないけど

斑入り葉に惹かれて買いました(笑)


ヤマトシジミが

リッピアの花にチュー


ギボウシの花

清楚で水も滴る良い女爆笑


アンゲロニアセレニータ

長く咲き続けてくれるそうです。


キンシバイの赤い実

花は黄色なんだよねー!


ブラックベリーの実


赤くなってから黒くなります。

黒くなったら完熟で食べ頃です。



小鳥さん!

早く食べにおいでよ!


雨上がりで

気温が下がり過ごしやすいですね。














参道の両脇には

八重桜の木が植えられています。


春には

桜のトンネルとなって

とても美しい参道になるそうです。




伊香具神社(いかぐじんじゃ)

の鳥居は伊香式鳥居と呼ばれ

三輪式(火)と厳島式(水)の

両方をとり入れた珍しいものです。




こんな所に紫陽花が

可愛いですね。


手水舎


神馬


拝殿は再建中でした。

なので本殿も見る事ができませんでした。


工事が少し遅れているそうで

9月末か10月初旬には完成するそうです。

竣工式は11月3日に行う予定だそうです。




御祭神

伊香津臣命

幕の外から参拝させて

頂きました。



独鈷水(どっこすい)

伊香具神社御由緒によると


こちらは弘法大師が

国内巡錫の際に

独鈷(祈祷用の法具)を用いて

掘り当てた浄水源です。



独鈷水の南側にある

神宮寺の蓮池




この辺にはたくさんの

お猿さんが走り回っていました。

地元の人に聞くと

お猿さん達は悪さをする事なく

人と共存している感じでした。



一ノ宮神社


元は伊香具神社の一ノ宮であった。

現在は木之本町飯ノ浦在住の

大音氏がお守りしておられます。

現在の鞘堂は戦前伊香具小学校の

奉安殿で昭和二十年に移したものです。

大音家では毎年2月21日に

神事が取り行われています。



御祭神

天之押雲命

(あめのおしくものみこと)



今日の若狭と長浜の

水のスピツアーは終了しました。

あと一日、明日

残りの長浜の水を巡ります。


泊まるホテルへと向かいました。



次へと続きます。








大見神社へ
 (滋賀県長浜市木之本町大見753)


本来

大見神社へ参拝の予定は無く

次は伊香具神社の予定でした。


ナビの入れ間違えなのか?

理由はよくわからないのですが


不思議な事に

大見神社へ車はたどり着きました。


その事は参拝の時にわかりました。


偶然では無く必然でした。

大見神社の牛頭天王に

呼ばれたのでした。


私、個人的な事なので

ここには書けませんが

理由はわかりました。


大見神社

大箕大明神

(おおみだいみょうじん)

とも称され、大永三年(1523年)に

悪疫が流行した際に

京都八坂神社の牛頭天王(素戔嗚命)を

勧請し疫病乃流行を鎮めたと伝えられる。



境内に入ったとたん

空気感が変わり

りーんと張り詰めた感が

半端なかったです。





拝殿



本殿


御祭神

素戔嗚命(すさのおのみこと)

神功皇后(じんぐうこうごう)

武内宿禰(たけしうちのすくね)

菅原道真公(すがわらみちざねこう)









御神木でしょうか?

夫婦杉?



杉や青葉もみじに覆われた
この空間がとても気持ち良く
樹木の精霊がたくさん
いるような感じでした。





若狭神宮寺は

奈良の東大寺二月堂へ

お水送りを行うお寺です。


若狭国一の宮「若狭彦神社」の

神願寺として勅願により

714年に創建されました。



お水送りは奈良東大寺二月堂の

修二会(しゅにえ)に遅れた遠敷明神が

若狭から水を送る約束をした

と言う故事に由来する。


神宮寺から湧き出た聖水を

行法で無上の御香水に変え

1.8㎞上流の鵜の瀬

根来白石川淵より

注いだ御香水は地下を通って

10日間かけて

奈良東大寺二月堂に届くとされる。


お水取り、お水送りは

の華やぎの神事です。




手水舎


本堂






本殿横のもみじは

青々とした新緑の中に

一ヶ所だけ真っ赤な葉がありました。

燃えるような赤

この場所でも火と水を

感じずには、いられませんでした






トンボのような紅葉の種は

どこへでも飛んで行けそうです。







天然記念物

椎の木

推定樹齢500年





閼伽井の井戸




神聖ながここで汲み取られ

鵜の瀬のそばにある川まで運ばれ注がれます。



ここの水は汲んで持ち帰る事ができます。

寺務所で柄杓を貸してくれます。





人々の罪を懺悔し

五穀豊穣を願うため

1200年以上続けられてきた伝統

お水送りからお水取り

福井から奈良へ

今も見えない縁で結ばれていると

思うと感無量ですね。



白石神社・鵜の瀬


白石神社は若狭一の宮 

(若狭彦神社と若狭姫神社)の

元宮と言われる


白石神社の由来

若狭彦神と若狭姫神は

この鵜の瀬に八人の眷族を従え

白馬にまたがって、白雲に乗って

唐人の姿で天下り


その時に二羽の鵜が

迎えたと言う事で

「鵜の瀬」と言う様になりました。






神宮寺の回廊から鵜の瀬へ松明行列

鵜の瀬河原でも大護摩を焚き


送水文と共に御香水を

筒から遠敷川に注ぎ

やがて地下から大和国に届きます。





こんばんは

今日は2回目の投稿になります。

今日もすごく暑い一日でしたね。


今日は友人と一緒に

大神神社の

夏越の大祓(なごしのおおはらえ)

みわの茅の輪神事に参列しました。


15時から始まるのですが

10分前に到着したら

ちょうど、巫女さん達が

待機されていました。




祈祷殿前 斎庭に

茅の輪が設置されていました。


夏越の大祓(なごしのおおはらえ)とは

お正月からの半年間についた罪・穢れを

自分自身の身代わりとなる

「人形(ひとがた)」に託し

その「人形」に種々の災いを吹き移し

身も心も清々しい本来の姿を取り戻して

残る下半期を元気で健康に過ごす為の神事です。



受付にて人形(ひとがた)を

授かりました。



四角の小さい紙は身体にふりかけて

人形にて身についた

半年間の穢れを祓います。





私達は日陰に入っての

御神事参加でしたが


神官の方や巫女さん達は

炎天下の中

とても暑いだろうなと

思いました。













この後

「水無月の夏越の祓する人は

千歳の命のぶというなり」

と、唱えながら茅の輪を三回くぐりました。




炎天下の中

汗だくになりながら

茅の輪くぐりをしました。



受付にて

夏越護符を授かりました。


茅の輪守を授かりました。


とても暑かったけど

半年間の穢れを祓っていただき

心身ともにとても軽くなった感じです。


残りの半年間も頑張れそうです爆笑



若狭彦神社は

若狭姫神社ともに

強い浄化作用の

パワースポットとしても有名です。



木々に囲まれた参道は

とても静寂に包まれています。



狛犬


鳥居を潜ると

リーんとした空気感に変わります。


癒しの参道と

書かれた案内板

癒しの参道を

動画にて体感ください。




随神門




随神門を境内から撮った写真


随神門乃案内板に

貼ってあった近畿五芒星の図



末社

若宮神社

御祭神

鸕鷀草葺不合尊

(うがやふきあえずのみこと)


とても難しい漢字を書きますね。

ふりがなをふってないと読めないです。


どんな神様なのかな?


ウガヤフキアエズは

海幸彦・山幸彦に登場する

山幸彦(ヒコホホデミ命)と

海神の娘(トヨタマヒメ)から

生まれた御子神です。

のちに大和王朝を建国する

カムヤマトイワレビコ命

(神武天皇)の父となります。



手水舎





神門が見えます。


神門

御本殿


御祭神

彦火火出見尊

(ひこほほでみのみこと)


コノハナサクヤヒメ命と

ニニギ尊との間に生まれた子

神話、海幸山幸の山幸彦です。

神武天皇の祖父です。



若狭彦神社には社務所がないですが

御朱印は

若狭姫神社にて授かる事ができます。


次へと続きます。