朝、8時半に友達と2人でミント号にて
香芝インターから岐阜へと向かいました。
石川県小松市から岐阜に向かうM先生とMさん
近江八幡から岐阜に向かうOさんと
岐阜駅で待ち合わせです。
朝から雨模様・・・高速では途中、前も見えないほどの大雨で
待ち合わせの時間・・・11時に間に合うように飛ばしました。
西名阪から名阪国道へ、そして東名阪自動車道を進み
名古屋第二環状自動車道と東海北陸自動車道にて
岐阜各務原ICで高速を降りるルートで岐阜駅へと向かいました。
高速を降りるまで休みなく、ぶっ飛ばしてきたので
待ち合わせ場所に行く前にコンビニに寄って
トイレに行きレインコートを買いました。
11時ちょっと過ぎたけど、予定通りに待ち合わせ場所に到着
私の車とOさんの車は駐車場に停めて
小松市のMさんの車にみんなが同乗して
明智光秀公のお墓へと向かいました。
その前に昼食をとるため、道中で見つけた
インド ネパールレストラン
「ピース ダイニング」に入りました。
ネパール人のマスターはとても日本語が上手で
気さくで面白く、おまけもしてもらいました。
日本人の味覚に合わせたという料理は
どれもとても美味しかったです。
今まで食べたインド ネパール料理の中で
一番美味しかったと思います。
特にインドの餃子?モモ入りトマトスープはすごく美味しかったです。
下がモモ入りトマトスープです。
1582年6月13日小栗栖(京都宇治市)の竹藪を通過中
落人狩りの土民に竹やりで刺されて落命したとあり
これが光秀最後の定説となっていますが
しかし、山県市西洞地区での言い伝えによると
光秀は75歳まで生き延びたことになっています。
光秀は75歳まで生き延びたことになっています。
以下は上の写真の看板より
天正十年(一五八二)山崎の合戦で羽柴秀吉に討たれ死んだのは
光秀の影武者「荒木山城守行信」だとしている。
光秀は荒木山城守の忠誠に深く感銘し
この事実を子孫に伝えようと
荒木の「荒」と恩義を深く感じての「深」で
自らを「荒深小五郎」と名乗り
西洞寺の林間に庵を建てて住んでいたと言われている。
その後光秀は雲水の姿となって諸国遍歴にでたが
十八年後の慶長五年(一六〇〇)関ヶ原の合戦の時
東軍に味方せんと村を出発したが途中、藪川の洪水で
馬と共に押し流されおぼれ死んだ為
死骸を山城守の子吉兵衛が持ち帰り
この地に埋葬したと伝えられている。
明智光秀公は 主君、織田信長を討ったという不名誉な
歴史の話が歴史上残されていますが
実際は歴史は改ざんされて濡れ衣を着せられ たと・・・
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/haka-topic33.html
お墓を参拝する頃には雨は止んで、結局、買ったレインコートは
必要ありませんでした。
(車の肥やしになりそうです(^^;))
でも、お墓に向かう途中の砂利の坂道は
雨が止んでも水が流れていて
もし、土砂降りの雨がそのまま降り続けていたら
道は川のようになって、長靴が必要だったかも・・・・
だから、雨が止んで助かりました。
みんなでお墓の周りのエネルギーをきれいにして
浄化して光を降ろしました。
真っ黒な物がどんどん吸い取られてきれいになった後
紫色の光が広がり、金色の光が広がりました。
ご神事が終わった後に、M先生に
「髪の長い着物を着た女の人が赤ちゃんを抱っこして
悲しそうに立っていました」
と、お伝えしたところ
その女の人は明智光秀公の妻の煕子(ひろこ)ではないかと・・・・
ひろこさんのお墓は西教寺(滋賀県大津市坂本)にあるそうです。
「そちらとこちらを繋げてあげなくてはね」
とM先生がおっしゃいました。
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/haka-topic33.html
上記のサイトより転載させていただきました。
光秀は明智家再興を胸に誓って諸国を放浪
各地で禅寺の一室を間借りする極貧生活を続け
妻の煕子(ひろこ)は黒髪を売って生活を支えたという。
煕子は婚約時代に皮膚の病(疱瘡)にかかり
体中に痕が残ったことから
煕子の父は姉とソックリな妹を嫁がせようとした。
しかし、光秀はこれを見抜き、煕子を妻に迎えたという。
当時の武将は側室を複数持つのが普通だった時代に(家康は21人)
光秀は一人も側室を置かず彼女だけを愛し抜いた。
15時半頃に岐阜駅に戻り、みんなと別れて
M先生は明日の奈良の箸墓古墳のご神事の為
今日は私の家に泊まっていただくことに・・・
私の車でSちゃんとM先生3人で奈良へと向かいました。
帰りも来たルートでナビを合わせましたが
なのに!なのに~!
なぜか途中からルートが
名神高速道路、京滋バイパス、第二京阪道路
近畿自動車道、西名阪自動車道 に入って
香芝市 インターで降りるルートに変わっているのです。
大津市を通るルートに変わっていたのです。
大津市の西教寺に眠るひろこさんに呼ばれたのでしょうか・・・
どちらのルートも到着時間は同じぐらいなんだけど
高速料金が半分以上も違うんです。
朝、来たルートの方が安い!
ひろこさんに呼ばれたのなら仕方がないけど
ちょっと、複雑・・・苦笑い・・・・・・。
明日は、箸墓古墳へとまいります。
つづく・・・。











