例えば、「私の痛みは決して良くなることはないだろう」
などという考え方は、典型的な慢性疼痛に対する”破局的認知”で、
これが「恐怖回避思考」を形作り、怖さから自分の身体をあまり動かさなくなったり、
ネガティブ感情が増えることで、更なる疼痛の増強に関わると言われています。
痛みに対する認知行動療法(の中の、認知再構成法)では、
この破局的認知を”誤った認知”と呼び、これの修正をはかるそうです。
そこで、私の疑問なんですけれど、
「決して」等が入っていると、それは「過度の一般化」や「全か無か思考」だったりして、
”誤った”認知なのかもしれないけれど、例えば、
「私の痛みは、少し良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、2~30年続くかものしれない」
とか、
「二度と働けない、とは思わないが、自分の夢だった働き方はもうできないかもしれない」
とか、
「仕事は頑張ればできるかもしれないけど、趣味や家庭との両立までは無理だろうなぁ」
とかは、まぁ「ネガティブで悲観的な認知」とは言えると思いますが、
”破局的な”認知なのでしょうか?まして、”誤った”認知なのでしょうか??
症状を持っている当人には、これらが破局的で誤った認知なのか、現実的な予測なのか、
結構マジで分からないんですよね。。
(認知療法を茶化してるわけではなくて、むしろ、
認知療法の過程でこの壁にブチあたることは、自然なことのように思われます)
「誤ってはいないけれど、役に立たない認知」(だから考え続けることに意味がない)
とは言えるかもしれませんが、
では役に立たないので捨てましょう、と簡単にいくわけでもないような・・・。
(自分の人生にとって非常に大事なことだからこそ、心配になるわけで)
多分私が今、症状が少し落ち着いているのに、大学病院の受診を切れないのは、
この辺りについて、頭では理解してるけれど、まだ心の底からは納得していないから、
そして、そのままでは近々再発する気がするから、かもしれない・・・と思います。
これをどうやって乗り越えればいいのでしょう?
これこそ、私の身体状態を良く知っておられる他者の視点が必要なのかもしれません。
あと他に、私がまだ腑に落ちていないのは、
非特異的腰痛(重大な器質的異常がない)で、「動いた方が良い」というのと、
FM的なプッシュ&クラッシュを防ぐのとは、実際的にはどうすれば両立できるのか
(または、「動いた方が良い」からといって、
歯を食いしばって痛みに耐えながら動くことが必要であるのかどうか)
という点です。
このテーマは、まだあまり結論が出ていないので、また書きそうな気がします。
などという考え方は、典型的な慢性疼痛に対する”破局的認知”で、
これが「恐怖回避思考」を形作り、怖さから自分の身体をあまり動かさなくなったり、
ネガティブ感情が増えることで、更なる疼痛の増強に関わると言われています。
痛みに対する認知行動療法(の中の、認知再構成法)では、
この破局的認知を”誤った認知”と呼び、これの修正をはかるそうです。
そこで、私の疑問なんですけれど、
「決して」等が入っていると、それは「過度の一般化」や「全か無か思考」だったりして、
”誤った”認知なのかもしれないけれど、例えば、
「私の痛みは、少し良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、2~30年続くかものしれない」
とか、
「二度と働けない、とは思わないが、自分の夢だった働き方はもうできないかもしれない」
とか、
「仕事は頑張ればできるかもしれないけど、趣味や家庭との両立までは無理だろうなぁ」
とかは、まぁ「ネガティブで悲観的な認知」とは言えると思いますが、
”破局的な”認知なのでしょうか?まして、”誤った”認知なのでしょうか??
症状を持っている当人には、これらが破局的で誤った認知なのか、現実的な予測なのか、
結構マジで分からないんですよね。。
(認知療法を茶化してるわけではなくて、むしろ、
認知療法の過程でこの壁にブチあたることは、自然なことのように思われます)
「誤ってはいないけれど、役に立たない認知」(だから考え続けることに意味がない)
とは言えるかもしれませんが、
では役に立たないので捨てましょう、と簡単にいくわけでもないような・・・。
(自分の人生にとって非常に大事なことだからこそ、心配になるわけで)
多分私が今、症状が少し落ち着いているのに、大学病院の受診を切れないのは、
この辺りについて、頭では理解してるけれど、まだ心の底からは納得していないから、
そして、そのままでは近々再発する気がするから、かもしれない・・・と思います。
これをどうやって乗り越えればいいのでしょう?
これこそ、私の身体状態を良く知っておられる他者の視点が必要なのかもしれません。
あと他に、私がまだ腑に落ちていないのは、
非特異的腰痛(重大な器質的異常がない)で、「動いた方が良い」というのと、
FM的なプッシュ&クラッシュを防ぐのとは、実際的にはどうすれば両立できるのか
(または、「動いた方が良い」からといって、
歯を食いしばって痛みに耐えながら動くことが必要であるのかどうか)
という点です。
このテーマは、まだあまり結論が出ていないので、また書きそうな気がします。








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