いつものように4時限目終り、娘を保健室へ迎えに行くと、久々学年主任がいらっしゃいました




この先生、社会の先生なんだけどホント雑学博学で、話がとても面白い




しかも、絵を描くのもお上手で、娘とは妙にウマが合うようです




話がそれました…




迎えに行くと、その先生が




「今週から、計画的に勉強を進めることにしました」




と、おっしゃるではありませんか




「空いている教師が観るようにしますから」




おお、ありがたい




今朝の絶望感がぶっ飛ぶ感じ










先々週の金曜日、スクールカウンセリングの先生にぶちまけました




「娘を学校へ送り出す意味が私自身見出せなくなってきている」




「午前中4時間、保健室に居るだけの状態で、絵を書いたり、本を読んだり、ボーとしてることにどれだけの意味があるんだろう」




「先生は保健室登校を始めた当初に、学校にできることには限界があるから、補いきれない部分は違う方法で補って、娘の将来へ繋がるようにして言ってほしいと言われた」




「わたしなりに、家庭教師・個別指導の塾・フリースクールなど色々調べて試して、今やっとフリースクールで少しづつ勉強したり、仲間と活動したりできるようになってきた」




「学校に来ても何もしない時間を過ごすのなら、もっとフリースクールの機会を増やしたいけど、送り迎えの問題や、経済的な問題も大きく、今が精いっぱい」




「ならば、何もできない限りがあるといいながら結局何もしてもらってない現状を何とかしてもらえないだろうか」




「娘が学校へ行く目的、その日半日にどんな小さなことでも成し遂げられた満足感を感じるそんな場面をなんとか作ってはもらえないだろうか」












もちろん、学校側への感謝の気持ちも伝えました




保健室登校を認めてもらっていること




教室へ行くことを無理強いせず、見守ってもらっていること




それらすべて含めて、娘の意志を尊重してもらってることに対しては本当にありがたいと思っていると




他の人から見れば、わがままな親子にしか見えないでしょう




さっさと、教室に入って座って授業を受ければいいだけの話だと思われるでしょう




でも、無理なんです




無理すると多分、壊れます心が












この思いを、今朝まで持て余して、娘を送り届けてから仕事場へ向かう車の中で涙が流れました










今日は、学年主任と娘と話し合って、計画表を作ったようです




とりあえず、5教科を月から金に振り分け、1日1教科




もう、それだけでありがたいです




やってみないとどうなるかわかりません




なかには、教室へ誘う先生もいらっしゃるかもしれません




それは、それでいいんです




ただ、無理強いでさえなければ










帰宅した娘は明るい表情をしていました




明日から、さぁ、どうなるでしょう




何をしに行くかって目的意識ができただけでもとりあえずありがたいと思う母なのでした