私が乗り越えられなかったもの | Promised Land -帰りたい何処か-

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その答えを今探しています。

PRESIDENT WOMAN 2016年6月号の掲載記事。

 

「男社会のフロントランナー Vol.14」

コカ・コーライーストジャパン

製造統括部 多摩工場 品質管理課スーパーバイザー 藤川雅子さん

2003年、大学院卒で同社入社、そして多摩工場配属。

製造現場で、これまで女性エンジニアのいなかった職場で

自ら道を切り開いていった。

 

 

2002年、私も院卒である大手メーカーに入社した。

配属先は研究所ではなく、工場の研究技術部だった。

彼女と同じ。職場には女性の統括職はいなかった。

全社的にも、女性統括職は工場で技術者として殆ど働いていなかった。

私がフロントランナーになることを、会社はきっと期待していたんだと思う。

 

藤川さんは2004年と2006年に産休・育休を取得しながら乗り越えていった。

 

私は丸2年務めて2004年に辞め、今の仕事に転職した。

今の私はエンジニアなどではなく、ただの事務員だ。

 

彼女の乗り越え方。

(1)工程や機械の内容や管理方法を自ら聞き、機械の説明書や仕様書を読み込み

  仕組みを深く理解すること。

(2)仕事中は笑顔と挨拶を欠かさない。12kgあるケースの積み下ろし作業も積極的に

  手伝うこと。

(3)ラインで働く従業員たちから現場の苦労や意見を丁寧に聞き続ける。

 

次第に彼女を見る目が「骨のある奴だな」というものに変わってきたという。

 

藤川さん曰く

「それは工場に配属された新入社員が、必ず通っていく道でもありますね。

誰もが一人ひとり、周囲に自分の能力をわかってもらう努力が必要なんです。

そうして初めて、仕事を任される存在になっていくのですから。」

 

自分が乗り越えられなかったのは、多分(1)の不足と(2)の大幅な欠如。かな。

(1)は毎日のタスクで精一杯で、今思うと、まだ十分にできてなかったかもしれない。

そして、(2)についていえば、何より、体力負けしていた。

10kg近いラボ試験用器具の頻繁な使用やら、大量のサンプル処理のエンドレス作業が

体力的に耐えられなかった。

そして、かわいげのない新入社員だった。

「愛嬌が大事だぞ」と、当時の隣のグループの先輩が忠告してくれていたのに。

今以上に未熟なあのころの私にはわかっていなかった。

 

そして、多分、ココロが弱かった。

しなやかに強くないと、フロントランナーにはなれない。

私は、多分、それだけの強さがなかったのだろう。

 

会社を辞めてもう12年。そんな昔のことを今さらどうこう言ったところで

意味はない。わかってる。

 

今の仕事でもいろいろ行き詰まりを感じる。

結局、私のできる仕事なんてないのかもしれない。

だけど、生きている以上、働くしかない。

働かなければ、生きていけない。

 

 

藤川さんは最後、こう結んでいた。

「(中略)その中で、私もいろんな挑戦をしたい。そのたびに見える景色がきっと

変わると思うので、その変化を楽しむくらいの気持ちでいます」

 

私も、そうしていこうと思う。

どんな道を来たのであれ、今もなお、私も仕事人としての道を歩き続けているのだから。