大学院時代の研究室MLを通じて、N教授からOB/OG宛ての暑中見舞いが届いた。
近年、我らがN教授は、原点としての卒業生にとっての研究室の存在意義というか
使命を改めて考え直したそうで、盆と正月にはMLを通じて研究室や先生の近況報告を
送ってくださる。
たった2年間の九州での生活だったけれど、その大半を研究室で過ごし、今思っても
研究以外にも社会人として生きていくための基礎を教育してくださったように思う。
結婚して、名前が変わって、旧姓使用しているとはいってもそれは完全ではなく、
時々自分が何者なのか、自身の存在さえ見失いそうになりそうになる。
過去も、京都にいて、福岡にいて、東京にいて、春日井にいて、その時その時確かに
存在してたはずなのに、現在の生活に何一つ濃密につながってないがゆえに、
その時一緒に過ごした人とかかわらなければそれさえ自分の幻だったのかと
心もとなくなる。
でも、折々にこうやって研究室から便りが届いて、10年前と変わらずご活躍の
先生や研究室の様子を知ることは、とても懐かしいし、なんだか励まされる。
そして、ふと気が向いた。
学部時代の研究室の近況はどうなのかな、と。
学部時代の研究室は、B4の1年間だけ在籍してただけだったし、人数も多かったから
あまり教授とかかわることはなかったように思う。(主にPDに指導を受けていた)
そして、院が九州だっただけに、なかなか京都の田舎の研究室に足を延ばすこともなく
卒業してからはお会いしてないんじゃないかと思う。
学部時代の研究室もやはりHPを持っていて、そこに卒業生への掲示板、というページがあり
やはり先生がその時々近況をつづっていらっしゃる。
で、気が向いたのでこちらも合わせてチェックすることにした。
研究のことやら、研究室のことやら、卒業生で学者の道に残っている人たちの近況やら
学会のあとのOB会のことやらがいつものとおり書いてあったのだが、一番下まで読み進めたとき
衝撃の記載があった。
物理化学研究室の先生が急逝した、というのだ。
この5月の下旬に。
えっ?!と思った。
確かこの先生は若かったはず。
私が在学していたときはまだ30代で、1966年あたりのお生まれだったはず。
多分一回りくらいしか違わない。
当時は助教授で、まだ独身で、私より4つほど年上の教え子(私と同じ学科)と
結婚したとのちに聞いた記憶がある。
今は、まだ47,8だったはず。
急な病・・・・心筋梗塞とか、脳溢血とか、そういう急な病気で亡くなられたのであろうか。
まだまだこれからなのに。
この先生は量子力学系の授業を担当されていたから
物理化学が大の苦手ではあるものの必須科目なのでどうしても落とすわけにはいかない私は
講義でわからなかったところを質問しに先生の研究室に通っていた記憶がある。
気さくな先生で、生粋の京都人らしい華麗なる京都弁で、冗談を言いつつけなされつつ
それでも根気よく教えてくださったことを覚えている。
また、この先生も電車で通勤されていたから、朝最寄駅で一緒になると
大学に着くまでいろいろ楽しくお話しさせていただいた記憶も鮮明だ。
まだ信じられない・・・・。
ご冥福をお祈りします。