さて。出雲旅行もついに最終日。
至れり尽くせりの玉造温泉の旅館を後にし、今回の旅行の二大目玉のうちの
もう1つ、石見銀山へ向かった。
この日は、この二日間が嘘のようにとってもいい天気
。
石見までは、これまた結構距離がある。
海岸沿いに車を走らせ、途中から石見地区へと車を進路変更。
11時ごろ、石見銀山世界遺産センターの駐車場に到着。
遺産センターからバスに乗り、大森で下車。ここから、徒歩で、銀山地区へと向かう。
その前に、バス停傍の、羅漢寺に寄り、五百羅漢を拝観。
まるで京都の三十三間堂の仏像のような気さえしたが、ここの羅漢像は、銀山で
亡くなった方を慰める為に安置されているものもある、と聞いて、歴史の深さに
触れたような気がした。
さて、銀山地区の龍源寺間歩へ向かって出発!!
銀山川沿いに遊歩道もあるのだが、行きは道路沿いを行くことに。
銀山地区の龍源寺間歩にたどり着くまでに、銀山由来の様々な遺構を見ていくことができた。
例えば、下河原吹屋跡、清水谷精錬所跡、他の小さな間歩(新切間歩)など。。
龍源寺間歩は正徳5年(1715年)の開発で、江戸時代の開掘の長さは600メートルに及んでおり、
石見銀山ではNo.2の大坑道である。ここでは、良質の銀鉱石が多く掘り出されたということだ。
私たちが通れる坑道は、江戸時代に開発された間歩156.7m(うち国指定史跡の範囲が坑口から
20mまで)と、栃畑谷へ通り抜けられる新坑道116.4mである。
後半の新行動はかなりきちっと整備がされていたのであまり風情はなかったが、
最初の江戸時代に開発された間歩の方は、通っていくとあちこちにまた更なる道が続いていて
こんなに狭くて暗い所で、長時間銀鉱石を掘っていたなんて、なんと過酷な労働だったのだろうか、
と思うと胸が痛くなった
。
この江戸時代のほうからある間歩を歩いていたときは、運良く前後のお客さんが途切れていたから、
その静まり返って自分と彼氏の足音だけ聞こえるような中、歴史を感じながら歩くことができた。
龍源寺間歩を出た後、今度は遊歩道を通って、町並み地区へと移動。
(最終ゴールは、大森代官所前のバス停)
途中、中村製パンで焼きたてのおいしいパンを頬張ったり、古い街並みをカメラに収めたりしながら
移動した。
大森代官所跡もできれば行って、中の資料をじっくり見てくるのも面白いとは思ったのだが、
この日は、山陰から東海まで帰らなくてはならないので、そうもゆっくりはしておれず、結局外観を
見るに留めて、石見銀山を後にした。
当初の予定は、これで終了だったのだが、なんとなくこれで帰るのはまだ勿体無いような気が
してしまって、最終的に、出雲大社北西の海に位置する、日御碕エリアに行くことにしてしまった!!!
日御碕エリアは夕日
が美しいことで有名なところ。
到着したときは4時半ちょっと前で、夕焼けにはまだ少し早かったのだが、
出雲日御碕灯台の開館時間にはなんとか滑り込みで間に合って、一番上まで登ることにした。
灯台は日本全国たくさんあるだろうけど、てっぺんまで登らせてくれて、かつ、外の景色を
外に出て見られるなんていう灯台はそうそうないだろう。
登る階段の数と急さに疲れたが、てっぺんに到着して外に出、そこからの景色を眺めていたら
とても美しい景色が広がっていて、頑張って登ってきてよかったなと思った。
(高所恐怖症の彼氏は、あまり楽しめていなかったようでしたが・・・)
灯台を降りた後は、日御碕遊歩道を少し散歩し、近くの定食屋で海鮮丼を食したあと、
天照大神を祀る下の宮と、スサノオノミコトを祀る上の宮の二つの宮から成り立っている
日御碕神社に参拝して、今回の旅行の予定が全て終了した。
そして、松江から高速道路に乗ったのが、午後7時半頃・・・・。
ここから彼氏が頑張ってくれて、約6時間後の日付の変わったころ、ようやくホームタウンに
戻ってきたのでした。。
結構強行スケジュールになってしまったけれど、島根県を中心とする山陰の旅を満喫できて
とても楽しかった。。
彼氏とも、3日間も水入らずで一緒に過ごせた。
夏の旅行はどこに行くかまだ決めてないけれど、また二人で楽しく行けたらいいな。

