「僕」とエーミールの人物像が異なることは、生徒も理解していた。
それをどこから読み取るか、が大事だ。
まず、ちょうの収集の目的が違うことを説明した。
「僕」は、ちょうを捕まえて自慢することに喜びを感じている。
捕まえたコムラサキの足がかけていることや、触覚がまがっていることを「たいした欠点ではない」と考えていたのがその証左だろう。
一方、エーミールの収集箱は「僕」によって「一つの宝石」のようだと表現される。
エーミールは、捕まえたちょうを美しく飾ることに喜びを感じている。
そのために、少年には習得が難しい「羽の修復」までもできるようになったのだろう。
そんな「僕」が、捕まえたコムラサキをエーミールに見せにいった。
自慢したかったはずの僕が、エーミールに欠点を挙げつねられ、価値がない、と切り捨てられるのはいわば必然だったのだ。
そう言うと、生徒たちは納得した様子だった。
この違いが、後の事件においても影を落とすことになることを伝えて、終わった。
最近、前までふざけていた生徒がよく頑張っている。
授業中に挙手をし、質問をする。
活動を完璧に行えるわけではないが、以前よりもだいぶ読めてきている。
テストの点が良ければ、自信にもつながるだろう。楽しみだ。
