今日、仕事でミスをしました。

そして、それが苦情となって跳ね返ってきました。


仕事柄、けっこう苦情は多い職場なのですが、やっぱりへこみました。


苦情には、「相手が理不尽なことを言っている」という苦情と、「言われて当然」の苦情があります。

今回は後者の方でした。


前者の方は厄介ではあるけど、自分の中で「正しさ」を持って挑める分、精神衛生上やりやすい。でも、後者の場合、「自分が悪い」とわかっている分、後悔と自分を責める気持ちでいっぱいになり苦しむということがわかりました。


明日は心を込めて謝ろうと思います。こういうときはそれしかないですね。

明後日には立ち直っていたいなと思います。


久しぶりの更新です。

皆もそれなりに元気にしてるでしょうね。

僕もまぁ元気にしてます。


福岡に来て1ヶ月ちょっと経って、少しずつですが慣れ始めてきてます。

職場の人も優しすぎるくらい優しくて、「会社は無駄にストレスフルな環境」だと覚悟していた僕は、ちょっと拍子抜けしてしまったくらいです。(新人だからかもしれないですけど)


福岡の街も僕にとって「ちょうどいい」んです。東京ほどごみごみしてなくて、徳島ほど田舎じゃなくて、バランスの取れたいい街だと思います。


同期も2人いるので、毎週欠かさず集まって遊んでます。さすがに最近やることがなくなってきてるんです。


そこで、車を買うことに決めました。

「車があれば何でもできる」ってことではないですが、せっかく九州来たんだから他の県も周って行こうじゃないかと考えたからです。(さほど交通の便も良くないし)


どの車がいいかなぁ。。コンパクトでリーズナブルで、のりまきせんべいが乗ってるようなやつないかな・・。と街で車を見てたら、気に入ったの見つけました。


「スズキのラパン」って知ってるかな・・。それにすることにしたんです。newラパンってのはCMでやってるらしいのですが、120万くらいするので、旧式ラパンを買うと思います。(形はほぼ同じで半額ぐらい)

さっそく販売店で試乗もしましたのでマジです。

7月には乗り回していたいですね。


ところで、「Black Eyed Peas」っていうグループっていいですね。この前、Mステでたまたま聴いて気に入っちゃいました。今まであんまり聴かない曲のタイプだったけど、妙に気に入っちゃったので、紹介します。


『I`m Gotta Feelig』

http://www.youtube.com/watch?v=cMxASjxRk1w


『Let`s Get It Started』

http://www.youtube.com/watch?v=bTdGJuDZp4I


こういうのドライブしながら聴いたら、良さそう。。

それじゃまた。

4月30日から福岡で働くことになりました。
ほんとにびっくりです。

大学4年間で築いた人間関係をしばらく断ち切られるこの事実、当分整理できそうにないけどしょーがないですね。

「世の中にある悲劇の全ては、俯瞰で見ると喜劇である」とチャップリンは言いました。(兄からの受け売り)

まぁ、「行ってよかった」と思えるようにしなきゃいけないですね。


最近、映画をよく観ています。昨日は調子に乗って6本も借りました。

黒澤明、北野武、三谷幸喜など・・いろんなものを借りて観ています。

そうです、暇人なんです。


今日は、宮崎あおい主演の映画『好きだ、』を観ました。

この映画は、予告編を観たときから「これはすごいぞ・・」と思っていた映画で、近所にあるレンタルビデオ屋には置いてなかったので、池袋にわざわざ借りに行くほど思い入れがありました。


期待通り、いや期待以上の映画でした。

2時間弱の間、一瞬たりとも気を抜けない緊張感があり、観終わった後、どっと疲れるほどでした。


「こんなにもリアルで、切なくて、甘酸っぱい青春映画はないんじゃないか」というほどの、すばらしい演出でした。(この監督、すごい。この作品で、モントリオール映画祭の最優秀監督賞受賞。)


この映画を観ていると、まるで、自分が映画の中で本当に恋愛をしているかのような気持ちになりました。(大げさに言ってるわけでも何でもなく)


主人公宮崎あおいと同級生役の瑛太とが土手で、5分くらい黙っているというシーンは特に見物です。


僕は当然、宮崎あおいを好きになってしまいました(笑)。


とにかく観て損はない映画なのではないかと思います。




内田樹さんのブログより転載。

タイトル「想像の力」(05年7月)より


~ ~ ~

・・・・

・・・・(略)


何はともあれ、想像力を駆使することはたいせつである。
繰り返し申し上げているように、その細部まで想像された未来は、想像されていない未来よりも実現される可能性が高い。
輪郭のくっきりした未来像には私たちをそこへ引きつける「牽引力」がたしかにある。


妄想と想像は違う。
妄想というのは「記号的なもの」である。
想像というのは「具体的なもの」である。
「宇宙人が私を監視している」という妄想を持つ人にとって「宇宙人」はほとんど「宇宙人」という「文字」にまで縮減されている。


妄想には「具体的な細部」がない。
具体的な細部は、私たちが「その名前を知らないもの」や「それが何の機能を果たしているのかわからないもの」まで含んでいる。


真に奔放な想像力は、「私がその名を知らないもの」をその細部にわたって画像のうちに取り込むようなことができる。
いまだ来たらぬ「私の結婚生活」を想像をするときに、「想像上の夫」の「歯の磨き方」とか「シャツの着方」とか「トイレの中の置き本の並べ順」とか、そういうどうでもいい細部をありありと想像しうるのは良質な想像力である。


逆に、「想像上の夫」は「身長175センチ以上で、織田裕二似で」、新居は「首都圏から30分以内のベッドタウン」に「建築費3000万円の白塗りの家」・・・というふうに徹底的に記号的な想像しかできない人(つまり、自分の想像したものを「ことばで全部言い換えられる人」)は想像力の具体性において貧しい。


具体的な想像力は「強い想像力」であり、記号的な想像力は「弱い想像力」である。
強い想像力は現実変成の力を持っている。
前に「宮崎駿のアニメは映っていないところも描き込んである」と書いたことがある。
映っていないところは画面には映らない(当たり前だね)。
でも、映っていないものを描き込むような過剰な想像力だけが画像に独特の厚みと深みを賦与することができる。
そのような想像力だけが現実変成の力を持っている。


それは強い想像力を持っている人には「100%想像した通りの未来」が訪れるということではない。
そうではなくて、強い想像力を持った人はあまりに多くのディテールを深く具体的に想像してきたので、訪れるどのような未来のうちにも、「ぴったり想像した通り」の断片を発見してしまう、ということなのである。


その発見はひとにある種の「既視感」をもたらす。
「既視感」とは「宿命」の重要な構成要素である。
だから、想像力の豊かな人は、どのような人生を選んだ場合でも、そこに「宿命の刻印」を感知する。
自分がいまいるこの場所が「宿命が私をそこに導いたほかならぬその場所」であり、自分のかたわらにいる人が「宿命が私をそのかたわらに導いたほかならぬその人」であると信じてしまう。


そういう人は幸福である。
想像力が豊かな人は、だから構造的に幸福な人なのである。

~ ~ ~


ボンジュール、ボンソワール、メルシー。


フランスから少し前に帰ってきました。


小さい頃に行ったハワイ以来久しぶりの海外旅行だったので、不安でいっぱいでしたが、なんとか無事帰って来れました。(やっぱり保険はいらんかったな)


帰ってきてしばらく経ちましたが、「フランスよかったなぁ」とついつい感慨にふけってしまいます。


つい最近のことなのにずいぶんとなつかしく感じられ、「くだらないこと」こそ輝かしい思い出として蘇ってきます。これは大げさに言ってるわけではなくホントにそう。


僕はいつも旅行から帰ってきたとき、「すぐ」感傷的になります。(意外と涙もろい)

「あぁ、あのときのあの風景よかったなぁ。」

「あぁ、行きの飛行機とかわくわくしたなぁ」

「ホーミンおもしろかったなぁ」などを思い出しては、胸がキュンとなります。(キュンの使い方おかしい)


大抵の人は、旅行に行くと観光地でのことを「一番楽しかったこと」に挙げると思います。


でも、僕はきまって「なんでもない場面」を挙げます。


観光地に向かう途中のバスとか、空いた時間に散歩したこととか、ホテルに帰ってきてしゃべってるときとか、そういう「一見なんでもなく思える時間」こそ、とても愛おしく感じてしまうのです。


これは、旅行だけには限りません。

何かが終わるときいつもそうなんです。恋愛もそうだし、学校もそう。


少し気が早いですが、そろそろ大学も卒業です。(卒業できるかな・・)


また終わりがやってきます。


そのときにはまた「一見なんでもない場面」を思い出しては、「キュン」となるんでしょうね。


・・・・

チャットモンチーに「サラバ青春」という曲があります。

その曲の中に、こんな歌詞があります。



「 君とよく行った坂下食堂はどうやら僕らと一緒に卒業しちゃうらしい・・。

  何でもない毎日が記念日だったなんて 今頃気付いたんだ・・今頃気付いたんだ・・。」


まぁ、ありきたりな歌詞なんですけど、聴くときに聴くとけっこうグッときますので是非。


最後に、フランスで撮った大変貴重な一枚。


MINOTE

なんとあの 「 ルーブル美術館の男子トイレ(小) 」です。


なぜ、こんなにも「つながる」のか、自分でも不思議でしょうがない。


養老孟司、宮崎駿、河合隼雄、吉本隆明、内田樹、橋本治、福岡伸一、茂木健一郎・・。


養老先生を筆頭に、僕には「尊敬」する人がまぁまぁいる。

そして、不思議なことに、この人たちは、なぜかいつも「つながる」。


いつも僕の「尊敬」は、「なんかこの人、気になるなぁ」から始まり、「この人、すごいなぁ」になっていくことで生まれる。


ただ、不思議なことに、いつもその後、本や雑誌の中でその著者同士が「認め合っていたり」「尊敬し合っていたり」するということが本当によくある。(名指しでほめていたりする)


「自分の好きな人を、もう一人の好きな人がほめている」というように、評価が「つながっていく」ということが起こるのである。

「やっぱり同じとこ見てるねぇ」と思わずいい気になってしまうほど、うれしい。これは、「自分が好きな人が紹介してたから、読んだら好きになった」というのとは違う。

「それぞれの本を、自分の感覚で選んで、別々に好きになった」からである。


自分が「感覚的に」選んだ人たちが「つながっていく」。


そこには「共通するなにか」があるに違いない。そして、もしかしたら僕は、そのなんらかの「つながり」を感覚的にキャッチできているのかもしれない、と思うようになった。


でも、その「なにか」の正体は、まだ「感覚的に」しかつかめていない。


そのうち「言葉」ではっきりわかるときが来るだろうと思う。





ちょっと前、CD屋さんで、ぶらぶらと音楽を試聴して回っていると、ある洋楽の試聴コーナーになぜか惹かれた。


そのグループの名前は、「ARTICLE ONE」。聞いたこともなかった。カナダ出身の新人らしい。


試聴すると、最初のイントロで、「なんだこれは!」という驚きがあった。

なつかしさと斬新さが共存している・・そんな印象だった。(そんなことあるのかな?)


ちょうど特価で1500円だったのもあって、即購入。(衝動買いなんて珍しい)


僕にとってこのアルバムは「聴くための音楽」。普段は「歌ってみたい音楽」を選ぶ傾向にあるので、けっこう珍しいチョイスだった。


なにか運命みたいなものを感じたので、最近ではこのアルバムを特別扱いしている。(冷静に聴くとそんなにいいものでもないかも)


こういう出会いを逃さないようにしたい。


アルバム「COLORS AND SOUNDS」より、1曲紹介します。

(youcubeにもあまりちゃんとした動画がなかった・・)


『Without You(I`m Not Alright )』

  http://jp.youtube.com/watch?v=MITHl3finTE  (1番のみ)


昨日、兄が東京に来た。


まぁ、いつものように居酒屋で飲んで、そのあとカラオケ。

このコースがうちの兄弟の定番。


そして、うちに泊まりにきて、まぁ、いろんなことについて話しながら床につく。


今日はバッティングセンターに行った。いつもこんな感じでそれなりに楽しい。


明日、帰るみたい。

今日帰ると、封筒が届いていた。ダメだった・・。


これまで、「ダメだと覚悟していて、ダメだったこと」は数え切れないくらいあるけど、「なんとなくいける気がしてたのにダメだったこと」は、ほぼゼロだったので、けっこうこたえた。


今更だけど、こんなに悔しいもんなんだと思った。(まだまだ青いな)


後に引きずるか、次につなげるか。それは自分次第だと思う。


「しばらくは立ち直れない」は、言いたくない。

強引にでも、「この経験はプラスだった」と言えるように、やっていくしかない。