高級化の成否
Minority’s Choice としても散々苦言を呈して来たセイコーの機械式キャリバーが、いきなり業界最高クラスに進化して来たので感動しました。まあその話はいずれ簡単に書きたいと思います。
今回はグランドセイコー(GS)がそうした新境地を開拓した一方で、よりマスへリーチする2大ラインであるプロスペックスとプレザージュの新作を見てみたいと思います。
SARA 021 / SEIKO PRESAGE
Ref:SARA 021
ケース径:39.5mmケース厚:10.9mm
重量:71.0g
ケース素材:ステンレス・スティール
風防:サファイア・クリスタル
裏蓋:サファイア・クリスタル
ベルト素材:クロコダイル・レザー
バックル:三つ折式Dバックル
防水性:3気圧(30m)
価格:400,000円(税抜)
まずはプレザージュです。こちらはすでに発売となっていますが、プレザージュが得意とする和素材の中でも七宝文字盤を用いたモデルです。
舶来品ではフランケ・エナメルと言われる文字盤で、ギヨシェを施した地板の上から透明の釉薬を用いて焼成エナメルで仕上げる技法です。
焼成エナメル文字盤の歩留まりの悪さは並みの文字盤の比ではなく、その生産コストは非常に高額です。
スイス製ではブレゲやユリスナルダンが有名ですが、プレザージュも琺瑯や七宝という日本流の焼成エナメル文字盤を製造しています。
放射状にギヨシェを施した上に青いエナメル層を重ねたSARA 021の文字盤は非常に美しいです。
正直プレザージュの琺瑯文字盤の質感は、ホーロー鍋っぽくてあまり好きにはなれなかったのですが、この七宝文字盤は綺麗です。
少なくとも私の目には、あのドンツェ・カドランが仕上げたユリス・ナルダン クラシコのフランケ・エナメル文字盤にも見劣りしていないように映ります。
ブレゲ数字にリーフハンズは王道的デザインですが、これまでやたらと細かい目盛りが付いていた最外周のインデックスがミニッツマーカーに改められたのはGOODです。
秒針のカウンターウェイトが独特ですが、この形も私は好きです。
型番:6L35
ベース:4L25
巻上方式:自動巻
直径:25.6mm (ベースキャリバー)
厚さ:3.69mm
振動:28,800vph
石数:26石
機能:センター3針デイト
精度:日差 -10/+15秒
PR:45時間
搭載するのはセイコー随一の薄型ムーブメントである6L35。この機械はETA 2892-A2の代替機として開発された4L25をベースにしています。
アホみたいに分厚い時計しか作らない近年のセイコーですが、少し前にはこの4L系を搭載した薄型も作っていて、それらはかなり良かったんです。この時も型番にはSARAの名前が使われていましたね。
その系譜を継ぐ機械として2018年に登場したのがSARA 015でした。私はこの時計を昨年絶賛していましたが、やはり40.7mmという径は気に入りませんでした。
それはともかく、この6L35によってプレザージュはようやくドレスウォッチとして普通の薄さを得ることが可能になったのです。
今回SARA 021に6L35が搭載された事は歓迎すべき事ですが、どう見てもETA 2892-A2相当でしかないこの機械をやたらと高級機扱いしているフシがあるのは気に入りません。
<右:SARW039、左:SARX059>
セイコーの七宝といえば2018年に登場したSARX 059が記憶に新しいですが、6R15搭載のこちらは40.0 x 12.4mmというドレスウォッチとしてはセンスゼロのサイズでした。
あと外周目盛りが細かすぎるのも計器っぽくてエレガントさに欠けるの点も好みではありませんでした。
そこからすればデザインが洗練され、39.5 x 10.9mmとサイズも若干とはいえまともになったSARA 021はかなり垢抜けて来たといえるでしょう。
…と思ったら価格は40万円(税抜)です。
いやいやいや、って話ですよ。SARX 059は税抜15万円でしたから、25万円もの値上げをしておいて、ETA 2892-A2並みの機械に載せ替えただけってのは酷くないですか?
40万円というのはGSメカニカルのエントリー価格と同じです。日差 -3/+5秒を誇る9Sキャリバー搭載のね。
そりゃ2892-A2やそのジェネリックであるSW300搭載で同価格〜より高額な時計は存在しますが、プレザージュってそういうブランドではないですよね。
確かにフランケ・エナメル文字盤ですから、一般的にこの価格が法外とは言いませんが、SARX 059を知っているだけに納得出来ない部分があります。
出典:Instagram @mbwa13
とか何とか難癖をつけていますが、私にとっては現行プレザージュで間違いなく最も魅力的なのがこのモデルです。
ですがもう少し良くなる余地はあると思います。36-38mm径くらいにして、白塗りが安っぽい針をなんとかして(ポリッシュのシルバーで良いと思う)、ケースの仕上げを一段レベルアップさせれば見違えるのではないでしょうか。
これだけポンポンと七宝モデルが出ると今買う必要はないかなという気にもさせられます。というか値上がり幅がおかしいので冷めた目で見てしまう部分があるというべきか。
その辺を横に置けばかなり好きな時計なんですけどねえ。。
SBEX 009 / SEIKO PROSPEX
Ref:SBEX 009
ケース径:39.9mmケース厚:14.7mm
重量:-
ケース素材:ステンレス・スティール
風防:サファイア・クリスタル
裏蓋:ステンレス・スティール
ベルト素材:シリコン
バックル:ピンバックル
防水性:200m潜水防水
価格:650,000円(税抜)
もう一つは今年6月発売予定の1965年メカニカルダイバーズ復刻デザインのSBEX 009です。
ここ数年毎年のように出しているプロスペックスの復刻ダイバーの2020年版ですね。昨年のサードダイバー復刻版は未だにショップで見かけますが、懲りずに出して来ました。
しかも2017年に一度やったファーストダイバー復刻の二番煎じ第2弾です。今度はムーブメントを更新し、ストラップと文字盤のカラーを変更して投入して来たのです。
デザインについてはセイコーのオールドダイバーの中でも随一の格好良さを誇るのがファーストダイバーだと思います。
細身の回転ベゼルにレクタンギュラー型のインデックス、ラグと一体となった直線的な造形のミドルケースなど、シャープでヴィンテージ感に溢れるデザインは秀逸です。
また39.9mmというケース径もダイバーズとしては小ぶりで良いのですが、厚さが14.7mmにも達するというのは明らかに問題です。
分厚いムーブメント(後述)と200m潜水防水を確保するためとはいえ、流石に装着感が良いとはいえないでしょう。
まあカジュアル専用である事は明白なので、この時計に関してはシャツの袖云々というのは関係ないですけどね。
このモデルで最大の特徴とセイコーが謳っているのは、エバーブリリアントスチールという素材の採用です。セイコーによると世界最高峰の耐食性を有するこのSS素材を、世界で初めて腕時計のケースとして実用化したモデルらしいです。
あまり詳細が語られていないのでロレックスの904Lと何が違うの?という感じです。わざわざ喧伝するくらいですから904Lをも上回るシロモノなのでしょうか。
型番:8L55
ベース:9S85
巻上方式:自動巻
直径:28.4mm
厚さ:5.99mm
振動:36,000vph
石数:37石
機能:センター3針デイト
精度:日差 -10/+15秒
PR:55時間
搭載するのは10振動/秒のハイビートキャリバー8L55です。2009年に40年ぶりに復活したGSのハイビートキャリバー9S85をベースとする、セイコー最高峰の機械といえるでしょう。
精度こそGS規格(日差 -3/+5秒)には劣りますが、10振動/秒で55時間パワーリザーブを誇る機械を収めるダイバーズウォッチにはロマンがあります。
一方でエタクロン緩急装置など基本的な設計は旧態依然としており、新作としてはやや物足りなさがあるのは否めません。
しかもこの機械、3針デイトでありながら28.4 x 5.99mmとかなりのデカブツです。セイコーらしいといえばそれまでですが、この機械のためにケースも分厚くなってしまっています。
それでもセイコーが誇る雫石高級時計工房で職人の手によって組み上げられるという付加価値は、ファンには響く訴求ポイントです。
しかし(個人的には)そうした諸々のアップデートでもって税抜75万円が正当化できると思っているのが恐ろしいです。
ダイバーズウォッチでこの価格は、シーマスター はおろかサブマリーナとさえ競合するわけですが、それは大上段に構えすぎじゃないですか?
シーマスター300はコーアクシャル脱進機搭載ムーブにMETAS認定(日差 0/+5秒、超高耐磁)で税抜56万円。サブマリーナは904Lスティールを恐るべき精度で加工して、高精度COSC(日差 -2/+2秒)のムーブメントを搭載して税抜85.8万円です。
もちろんネームバリューにおいてもこの両社とプロスペックスでは相手になりません。
悪い時計だとは全く思いませんが、この価格はいくらなんでも高すぎるというのが率直な感想です。少なくともシーマスターと同程度でないと厳しいのではないでしょうか。
SBEX 009は1,100本の限定モデルです。同時に3モデル展開ですし、本数としても十分あるので、価格を考え合わせれば瞬間蒸発という事は無さそうですね。
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セイコーグループにおいて、クレドールとGSが頂点にいて(ガランテ?誰??)、その直下を担うのがプレザージュとプロスペックスだと思うのですが、近年は根拠に乏しい値上げが目立つように思います。
世界的な物価上昇に歩調を合わせるのは理解できますが、数年で倍近い価格帯にシフトするというのは普通に考えて無理筋です。
まして技術的革新がそこまでない訳ですからね。
一方で冒頭にも述べた、先日GSが発表したCal 9SA5 は日本時計業界の悲願ともいえる世界最高クラスの自動巻ムーブメントです。
このムーブメントの量産型を開発してSSモデルに搭載すればようやくオメガやロレックスと正面から勝負できると思います。その場合もちろん看板はGSでしょう。
<2020年の復刻トリロジー>
私はプレザージュとプロスペックスの路線自体は正しいと思います。間違っているのは価格だけです。
価格はせいぜい50万円まで(中心価格帯10-30万円)にして、良質で手の届く国産高級時計というブランドで十分成立するでしょうし、アジア市場で中間層シェアを拡大するツールとしても有効ではないかとか思っちゃうんですがね。
まあ外野はなんとでも言えますが、このまま正当化の難しい値上げを続けると既存ファンまで離れかねませんから、そこは気をつけて欲しいですね。
二つとも好きなラインなので、それぞれの独自性を活かしたさらなる発展を期待しています。