波打ち際で溺れながら虹を仰ぐ | 埴生の宿

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埴生の宿もわが宿 玉の装い羨まじ

 前回、オンライン面談を行った医療系コールセンターの管理者募集の会社、遂に採用になった。しかし実際に勤め始めて気づいたのは、コールセンターとは似て非なるところ、ということだった。


 そこはセンター…ではなかった。当直の看護士オペレーターが毎日2〜3人いるだけの、四畳半ほどの部屋。私がやる仕事は事務処理に次ぐ事務処理ばかりで医療系とはいえ、コロナ関連のコールセンターに居ただけの、全くの素人が勤めるにはハードルが高過ぎる。医療の専門性が余りにも高く、看護士資格のある当直オペレーターから見れば私は全く頼りにならない管理者だ。そんな訳で常時20〜30人ぐらいのオペレーターがいるコールセンターで、事務作業より現場仕事を得意としていた私は会社にとって無用の長物、早々に違和感を感じてしまった。それは私だけではなく会社の方も同じだったらしい。お陰で出勤5回で早くも私は離職せざるを得ない状況となってしまった。まだまだ出来たばかりのベンチャー企業にとって入社したばかりの人間と、腰を据えて気長に接する体力はない。


 とはいえ一度、採用になったにも関わらず、改めて無職になった精神的ダメージは大きい。私は就活生活の中、遂に採用になったことを大っぴらにSNSで喧伝してしまった手前、恥ずかしくてSNS活動を控える羽目になってしまった。


 webでの求人応募は続けているものの、リマインドメールは来ても企業からの返信率は1割にも満たない。朝、メールBOXを見ても前夜と何も変わり映えはなく、落胆は続く。土日は各社の求人活動の動きが止まるので更に気持ちは落ちる。万が一、オンライン面談や面接に漕ぎ着けても、そこから連絡すらなかった。

 恐ろしいことに以前は直ぐ採用されていた派遣会社からも応募しても連絡はなく、日払いバイトや単発派遣さえエントリーが通らない。キャバクラやバーのキッチンのバイトさえ連絡はない。恐らくは年齢のせいだろう。力仕事は勿論、軽作業や簡単な事務でさえ通らない焦り。まるで延々と大海にボトル入りの履歴書と職務経歴書を流し続けているような感覚だ。そして今月は遂に貯金も底を尽いた。独りきりの部屋の中で毎日毎日、海にボトルを流し続ける虚しさと不安。誰かと話したい。どうしたらいいかヒントが欲しい。どうか助けてくれ!…孤独の中で酷い絶望感が生まれる。眠れない。そんな時、この半年ぐらいの間に私は掃除を始めるようになった。もう何年も手を付けていなかった場所、例えば冷凍庫の中や部屋の隅のタコ足配線、くすんだドア、小物入れの中、ありとあらゆる片付いていないところや汚れた箇所を見つけては何も考えず片付け、拭き、棄てる。すると少しは気が紛れるし、部屋も綺麗になる。掃除は一種の『禊(みそぎ)』にも似ているかもしれない。


 こうした生活の中で唯一、私が私で良かったと思うのは、安い材料費で料理が出来ることだ。好き嫌いの激しい私は、昔から高価な食べ物よりも安い食べ物が好きで(笑)苦手な魚など年に一度か二度食べたら良い方だし、概ね野菜中心だ。肉もあってもなくてもいい。ちくわやこんにゃくの煮物、ほうれん草の胡麻和えや白和え、ポテトサラダ、厚揚げで唐揚げを作ったり、豆腐は何でも作れる素材だし冷凍餃子も常備している。料理が苦ではない自分に感謝したいぐらいだ。今頃はネットで検索すれば直ぐにレシピも出て来るし。


 ところで。

 先日不思議な夢を見た。

自分の部屋のようだが何だか少し違う。誰かが室内にいるけれど誰だかは判らない。ふと室内に雨が降り始めた。窓の外は晴れているのに、部屋の中だけに雨が降っている。ベッドが濡れてしまう、と慌てたものの暫く茫然としていたら天井の隅に黒いモヤのような塊が見えた。幅が20cmぐらい、縦&奥行きが10cmぐらいの小さな黒雲だ。雲の少し上の方では小さな雷がピカピカと激しく光っている。思わず、その雲を手に取ると電気でピリピリする。ふと気づくと私は窓から空を見上げていた。右手の方に虹が見える。「虹が出てるよ!」と、私は近くに居る見知らぬ男性に向かって声をかけた。虹はハッキリとはしていなかったけれど、綺麗だった。


 実際、焦ってはいるし状況はかなりマズい今にも関わらず、何故か心のどこかで『大丈夫だよ、大丈夫』そんな声も聞こえるような気がするのは、たぶん気のせいかもしれない。これも何かの試練なんだろう。負けるなよ、頑張るしかないぞ…自分で自分に、毎日そう声をかけている。