埴生の宿

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埴生の宿もわが宿 玉の装い羨まじ

 先月、仕事を辞めたことについてブログを書いた。

 そこでは、オペレーターとの関係や、管理者としての仕事が次第に苦しくなっていったこと、そして「自分らしく働けなくなった」ことについて書いた。

 あれから2週間が過ぎた今回、その続きを少し書いてみようと思う。仕事を離れて少し時間が経った今になって、もう一つ見えてきたことがある。実は私は今回、初めて「LD」という立場で、中間管理職を経験した。

 これまで私は、コールセンターのSVとして、LDの役割も兼任してきた。SVとして直接OPに指示を出し、現場を見て、必要なことを判断する。自分の中で判断して、自分で動く。もちろん、それだって簡単な仕事ではなかった。けれど、今回の立場は違った。

   SV(スーパーバイザー)
       ↓
   LD(リーダー)
       ↓
   OP(オペレーター)

 という構造の中で、私は初めて「SVの下にいるLD」という位置に立った。そして、そこで初めて分かった。中間に立つというのは、思っていた以上に難しい。

 OPから不満が出れば、それを拾う。何が不満なのかを聞く。必要なら隣に座って話をする。

 けれど、相手に聞く耳がなければ、そもそも話し合いが成立しない。それでも、業務は止められない。私は正直に言えば、そこで日和った。OPから嫌われたくない、という気持ちもあった。関係が悪くなれば、業務そのものが回らなくなるという怖さもあった。だから、必要なことを言い切れない場面もあった。

 今、振り返れば、そこは私自身の課題だったと思う。管理者だからといって、いつでも毅然としていられるわけじゃない。人間だから、嫌われるのは怖い。そして「この人と関係が悪くなったら、明日からの仕事がやりにくくなる」と思えば、なおさら言葉を飲み込んでしまう。

 そんな自分も、今回初めて知った。
でも、私が苦しかったのは、それだけではなかった。「後ろに誰かがいて、自分の立場を見てくれている」という感覚。

 現在の体制以前のチームでは、SVがLDを心理的にバックアップしてくれていた。もちろん、何でもSVが解決してくれるわけではない。LDとして自分で判断することもある。それでも、「何かあったら、この人が後ろにいる」という安心感があった。

 それは、実際に前に立つ人間にとって、とても大きい。

 これまで私はSVとして、LDの役割も兼任する現場でばかり働いてきた。だから、自分が管理者としてOPを支えることは知っていても、LDという立場で、その上の管理者に支えてもらう経験はなかった。今回初めて、その立場に立って、「管理者を支える管理者」がいることの大切さを実感した。そして同時に、その支えが十分でないことが、どれほど中間に立つ人間を孤立させるのかも知った。
 
 自分一人で全部を背負わなくていいと思えるからこそ、前に出られる。今回も、最初からそれがなかったわけではない。新任SVだったSちゃんは、本当に頑張ってくれた。現場を何とかしようとしていたし、私たちLDの話も聞こうとしてくれた。私は、そのことをちゃんと覚えている。だから、Sちゃんを責めたいわけではない。

 ただ、時間の経過の中でSV陣が総入れ替えになり、体制が少しずつ変わっていく中で、Sちゃんも少しずつ新たなSV体制の中に取り込まれていくように見えた。

 それは、Sちゃんが悪かったのだとは思わない。新しくその立場になった人が、すでに出来上がっている組織の中で、一人だけ違う動きをし続けることは難しい。自分自身の立場もある。周囲との関係もある。SちゃんはSちゃんなりに、私を見てくれていた。でも、その一方で、SVとして既存の運用を守る立場でもあった。きっとSちゃん自身も、その優しさと立場の間で苦しかったのだと思う。

 だから、誰か一人を悪者にすれば済む話ではない。ただ、そうして少しずつ体制が変わっていく中で、私はいつの間にか、「自分の背中を支えてくれる人がいる」という感覚を失っていった。自分が「支える側」から「支えられる側」になったとき、それを強く感じる出来事があった…。

 私は5月から、精神的な不安から何度か仕事を休んだ。そして翌日、出勤する。私はこれまで、体調不良で休んだOPが翌日出勤してくれば声を掛けてきた。「大丈夫?」……必要なら、隣に座って話を聞く。何か困っていることがないかを見る。それは、特別に優しいことをしているつもりではなかった。管理者として、当然のことだと思っていた。だからこそ、自分が休んだ翌日、出勤しても、Sちゃん以外のSVから何も声を掛けられなかったことは、私にはかなり大きかった。

 別に、長々と心配してほしかったわけではない。

「大丈夫?」

 その一言でよかった。けれど、それすらない。その時、私は「ああ、私はここでは必要ないのかもしれない」と、何度も思った。そして随分と後になって、マネージャーが「最近良く休んでるけど、体調はどうなんですか」と声を掛けてくれた。それ自体はありがたい。でも、その頃には、もう新たに期待することはできなかった。

 マネージャーはSV以上に「森を見る」立場だ。だからこそ「ここまで来ないと、誰も気に留めないんだな」という気持ちも残ってしまった。そして気づけば、不信感は一人のSVだけに向けられるものではなくなっていた。

 SVにも。マネージャーにも。そして、最終的にはOPに対しても。人は、辞めると決めた日に辞めるわけではない。今になって思う。私は、退職を決めた日に突然、職場との関係を切ったわけではなかったのだと思う。もっと前から、少しずつ心を閉じていた。

「この人に話しても仕方がない」

「ここで本音を話しても、どうせ変わらない」

 そんな小さな諦めが積み重なっていった。だから最後には、辞めることをオープンにすることさえ望まなくなった。

「今までありがとうございました」

「本当はこう思っていました」

 そんな話をする気にもなれなかった。ただ、必要な手続きをして、事務的に終わらせたかった。それは冷たくなったからではない。もう、自分の内側を開いて話せる相手だと思えなくなっていたからだ。仕事を辞めるというのは、契約が終わることだけではない。人との信頼が少しずつ失われていった結果として、最後に「辞める」という形になることもあるのだと思う。

 今回、私が学んだこと。
今回の経験で、私は自分の弱さも知った。私は、嫌われたくなかった。業務が回らなくなるのも怖かった。だから、日和った。そこは次の仕事で、ちゃんと自分の課題として持っていきたい。

 一方で、もう一つ学んだことがある。
中間管理職は、一人では立てない。管理者には、意見を言えることだけでなく、相談できる場所が必要だ。

 SVにはチャットがあり、内々の相談や意見交換ができた。一方でLDには、私が上申して作った共有ファイルしかなかった。そこは報告や記録のための場所であり、リアルタイムに相談するための場所ではない。

 それでもLD同士が近くで相談していれば、「OPに聞こえるからやめて」と注意される。仕事上必要な相談をするなと言われているわけではない。けれど、相談するための場所も用意されていない。

 振り返れば、私はどこかで「LDという立場を、管理者として十分に尊重されていない」と感じていたのだと思う。例えば、当日のOP席を確保するために、LD席が当たり前のように潰されることがあった。もちろん、現場には席数の制約もある。OPを着台させなければ業務が回らないことも分かっている。

 でも、その時に「LDはどこで管理業務をするのか」という視点は、ほとんどなかった。LDもまた、OPとは違う役割を担っている管理者なのに、その役割を遂行するための環境まで後回しにされる。

 それは、席の問題そのものよりも、「LDという役割をどう位置づけているのか」という問題に感じられた。権限の上下はある。けれど、管理者としての役割まで上下で扱われてしまえば、中間に立つ人間はますます孤立する。

 そんな状態で、中間管理職に「適切に判断して」と求められても、難しい。「人を支える」以前に、「人が相談できる構造」がなかった。

 だから、私が感じた孤立は心理面だけではない。情報共有や相談経路という、組織設計そのものの問題でもあったのだと思う。

 その上で、改めて思う。

 LDがOPの前に立つなら、その背中にはSVがいる。SVが前に立つなら、その上にはさらにマネージャーがいる。もちろん、上司が何でも代わりに解決してくれる必要はない。

 部下の意見を聞くことと、何でも言う通りにすることは違う。対等であることと、権限が同じであることも違う。必要なときには、管理者が判断しなければならない。

 でも、「あなたが前に立っていて大丈夫。必要なときは私がいる」という心理的なバックアップは、やっぱり必要なのだと思う。そして私は、これからもし管理者として働くなら、それを忘れたくない。OPが休んだら声を掛ける。LDが苦しそうなら声を掛ける。必要なら隣に座る。でも、何でも相手の言う通りにはしない。意見は聞く。その上で、必要なことは決める。そして、自分が決めたことについては責任を持つ。隣に座ることと、同じ席に座ることは違う。

 今回、初めて中間管理職になって、そのことが少し分かった気がする。管理者にとって、上にいる人間が「後ろにいる」と感じられることは、思っている以上に大きな支えになる。私自身、次に誰かの上に立つことがあったら、今度はそのことを忘れないでいたい。人を支える人間が、誰にも支えられていない状態にならないように。それが今回、私がこの職場を離れて持って帰ることのできた、ひとつの学びなのだと思う。

 そして……来月から、また新しい現場が始まる。