#「耳順(じじゅん)」の60代 | 【ハノイより】『自分勝手な還暦男』

【ハノイより】『自分勝手な還暦男』

仕事の関係で一年間の2/3は、ベトナムはハノイを拠点に、
主に台湾、インドネシア、タイ、マレーシアなど東南アジアを訪問しています。

 

 

#「耳順(じじゅん)」の60代

 

こんにちは、2026年7月下旬の某日、私は60歳になります。

 

そうか60歳かぁ・・・・・・・・・・。

 

あまりピンと来ていない私ですが、この60年を振り返ると「反省」という言葉しか見当たりません。

 

後悔とも違う反省です。

 

一度、自分の人生を書いてみようかとも思いましたが、何にせよ自分勝手な私ですから、自分の反省を美化してしまうのでやめておきますショボーン

 

60歳って、数字としての「還暦」は分かりやすい表現ですよね。

 

赤いちゃんちゃんこ、十干十二支が一巡して生まれ年に戻る、

 

人生の節目──そういう日本的な祝い方は確かに温かい。

 

今回のブログは、孔子の『論語』為政篇に、孔子が自分の人生を振り返って語る有名な一節から、この先をどう生きるかを少し考えてみた内容です。

 
できれば最後までお読みください。

 

 

 

 

 

 
古代中国に生まれた思想家・哲学者の孔子ですが、その思想哲学の中で、論語で年齢別にどうあるべきかと唱えています。
 
「子曰(しいわ)く」
 
このフレーズは、皆さんにも聞き覚えがあるフレーズですよね。
 
日本語では、
 
子曰く、吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にしてしたがい、七十にして心の欲する所にしたがえども、のりをこえず
 
と読まれています。
 

簡単に訳すと

 

「15歳で学問を志し、30歳で独立し、40歳で迷うことがなくなった。50歳になって自分の天命を理解し、60歳で人の言葉を素直に聞けるようになり、70歳でやりたいようにやっても人の道を踏み外すようなことはなくなった」

 

という意味です。

 

孔子はこの言葉で、人生を堅実に歩み続けることが、人間の確かな成長につながっていくとを述べています。

 

この名言にちなみ、日本では15歳を「志学」、30歳を「而立(じりつ)」、40歳を「不惑(ふわく)」、50歳を「知命(ちめい)」、60歳を「耳順(じじゅん)」、70歳を「従心(じゅうしん)」と表現することがあります。

 
これでいくと、私が迎える60代は、
 
「耳順(じじゅん)」
 
「六十にして耳順(したが)う」にあたります。
 
現代を生きる私たちにとっても、人間関係や心の持ち方における一つの到達点を示している、還暦の年である60歳。
 
解釈にはいくつかあるが、
 
 
「どんな言葉を聞いても、すっと心に入ってくるようになる」
 
 
賛同も反論も、賞賛も批判も、若い者の生意気も年寄りの繰り言も、いちいち波立たずに受け取れる。判断はする。けれど、感情で跳ね返さないと解釈することが一番納得がいきますね。
 
 
※東京・湯島聖堂の孔子像
 
 
 
1. 「耳順(じじゅん)」の真意
60歳になり、「人の言葉を素直に受け入れられるようになった」という意味のこの言葉。
 
●心の余裕
 他人の意見が自分と違っていても、反発したり腹を立てたりせず、「なるほど、そういう考えもあるのだな」と自然に受け流せる状態。
 
 ●客観性の完成
自分のプライドや先入観(フィルター)を通さず、物事の真理をありのままに聞き取れる境地を指します。
 
 
2. 孔子の60代:苦難の中の「耳順」
意外かもしれませんが、孔子がこの境地に達したとされる60代は、決して平穏な隠居生活ではありませんでした。
 
●放浪の旅
50代から続く「周遊(各国への政治的売り込み)」の真っ只中で、命を狙われたり、飢えに苦しんだりする逆境の中にあったそうです。
 
●悟りの境地
理想が受け入れられない現実を突きつけられながらも、天命を悟り(五十にして天命を知る)、他者への怒りや執着が消えたのが60代だったと言われています。
 
 
※長崎孔子廊にある論語の碑文
 
 
 
現代の60代へのヒント
 
人生100年時代と言われる今、孔子の「耳順」は非常にポジティブな指針になるのか?
 
●受容
批判を恐れない→異なる価値観を「面白い」と楽しめる余裕 
●傾聴
真実を聞き分ける→若い世代の言葉からも学びを得る柔軟さ
●調和
争わない→自分の正義を押し付けず、穏やかな関係を築く
 
「六十にして耳順(したが)う」は、自分の思い通りにならない世の中や、理解しがたい他人の言動に対しても、心の波を立てずに「スッ」と受け入れるようになること。
 
そんな「しなやかな強さ」こそが、孔子の目指した60代の姿だったのでしょう。
 
いや~、そんな偉人の境地に、一般人の私が行きつくわけがない。
 
でも待てよ、
 
確かに自分に当てはめてみると、・・・・・。
 
申し訳ありませんが、とても書くことができる内容ではないショボーン
 
そんな自分のことも書けない輩でも、六十で耳が順(したが)うようになり、七十で心の欲するところに従って道を踏み外さなくなっていきたいなと思うようになれるのだろうか?
 
 
※ハノイの孔子文廊
 
 
 
ただ思うのは、『老害』と言われれるカテゴリーに選別されるようにはなりたくない。
 
そうならないためにも、気を付けなければならないことがある。
 

一、勝ち負けで人を見るのをやめる。

目の前の人を、評価ではなく、まず存在として見れるようにしたい。ここで言う存在とは、単にそこ要るという確認ではなく、仕事で言えば仲間であり戦力として公平に見るということかなぁ。

 

二、急ぐのをやめる

判断は速くていい。けれど、行動は半呼吸ためるようにしよう。私の性格上、支持した事や決めた事は即時行動に移して欲しいと思ってきたが、ここは指示した側の進め方もあるので、まずは、一呼吸置くことを考えていきます。

 

三、若い人に説教するのをやめる。 

私は余り説教めいたことすることはしない。ただ一般的には聞かれてもいないのに自分の経験を語り、長々と話をしたくなる人もいますよね。基本は、聞かれなければ、黙って隣にいるようにしていきますね笑い泣き

 

 

私の耳は、まだ完全には順っていません。

 

いまでも、腹の立つことには腹が立つし、納得できないものは納得できない。

 

けれど、42歳までの自分よりは、少しマシになった気がする。

 

この仕事をし、アジアを中心に、たくさん国に行き、たくさんの外国人と出会い、たくさんの日本の経営者の皆さんとお会いしました。

 

時には、霞が関に行き、政治家や官僚の皆さんともお話をしたことがあります。

 

 

 

 

 

順不動ですが、この10年でスタッフも含め

 

訪問した日本の都道府県

北海道、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県、静岡県、新潟県、石川県、福井県、愛知県、和歌山県、大阪府、京都府、兵庫県、福岡県、佐賀県、熊本県、大分県、長崎県、鹿児島県、宮崎県、沖縄県(本土、八重山地方)

 

訪問した国々

 

台湾、インドネシア、ベトナム、ロシア、中国、ミャンマー、ネパール、タイ、マレーシア

 

出会った外国人の国籍

ベトナム、台湾、インドネシア、フィリピン、ロシア、ジョージア、中国、ネパール、スリランカ、マレーシア、タイ、カザフスタン、キルギス、アフガニスタン、インド、ミャンマー、韓国、モンゴル

 

 

日本国内はもちろん、それぞれの国に文化と習慣があり、考え方が全く違います。

 

とくに、この5年近くは、ハノイに拠点を置いていることもあり、ベトナムの皆さんと過ごす時間の方が多くなっています。

 

ベトナムも仏教を信仰する方が多く、過去の歴史から中華文化が多く残る国で、孔子の教えを知っている方が多くいます。

 

なので、「耳順」の言葉を忘れずに、ハノイの生活を続けてみます。

 

ではまた、