馬に水を飲ませ、草を食ませる。
僕達も胃の中に食べ物を押し込んだ後は、ヒチョルやドンヘ達がいる元へ駆けた。
オンユ達に助言を貰いながら、巡回する兵士達との遭遇を避ける。
僕達は当然闇夜の中を走る。
灯りをともせば四方から兵士達が飛んでくるのだろう。
先頭はミンホとテミンのままだが、並列してオンユが加わった。
先導を買ってでてくれたのだ。
殿はユンホと僕。
その手前にキュヒョンがいる。
ヒチョル達は丘の下の村に拠点を簡素な築いているらしい。
そこの村はすでにほぼ壊滅状態で、国に村の人達は収容されてしまっている。
僕達が送った手紙を読んだヒチョル達は、その丘の下の村を拠点にすることにしたようだ。
あの提案の手紙を飛ばしてから随分経っている。
それなりな拠点を築いていることが想像できた。
そしてこの村は、ユンホの母親の故郷でもある。
ユンホの家族の思いも、ユンホ自身の思い出だって、僕は救ってあげたいと思う。
救えるのは、僕ではないかもしれないけれど。
ここは報われるのではなく、救いたい。
そう思うの。
思い出は、生き返ることが出来るんじゃないかなって、思うから。
オンユの的確な先導の甲斐があって、平野の中になだらかな丘が現れたのを肉眼で把握できるところまでやってきた。
そこでキュヒョンが僕達を止めた。
ハヤブサを飛ばしてヒチョル達のもとへやったのだ。
間もなくすると丘をぐるりと回るようにしてキュヒョンの犬が駆けてきた。
それが村へ来ても大丈夫だという返事だった。
『行こう、』
キュヒョンが犬とともに馬を走らせて先へ向かった。
僕達も頷きあって馬の腹を蹴る。
久しぶりに仲間たちに会える。
みんな無事だろうか。
胸が高鳴る。
丘を回り村の正面へ向かうと、人気はなかった。
けれど仲間たちはここにいるはずなのだ。
警戒しながら廃墟が並ぶ村のなかを進む。
すると犬が先に走り、僕達を案内してくれるように尾を振って振り向いた。
村の奥へ進む。
丘の崖までという最奥までくると、そこに僕達以外の馬の嘶きが聞こえた。
暗闇のなか目をこらすと、馬たちが木の影に隠れている場所に簡易な厩としたものがあり、そこへ繋がれていたのだった。
仲間たちはここにいる。
犬が吠える。
僕達について来いと言っている。
馬を仲間たちの馬と同じ場所へ繋ぎ、犬の後を追う。
犬はなんと崖に掘られた穴の中へ進んで行ったのだった。
ここでようやく明かりを灯すことにした。
村の外まではこの明かりは届かない。
ミンホがテミンの手をしっかりと握り、僕とユンホの前を歩いている。
それから僕達の後ろに、新しい仲間たちが続いた。
『うおおミノヤぁ、』
『、』
ドンヘの声がした。
『会いたかったよ俺の天使、』
ヒチョルの声もする。
穴の中で続く階段を降りる。
すると急に光が広がった。
『、』
穴の階段を降りた先に広がっていたのは、村の人達が集まれる程に広い空間だった。
いや、ここは村の人達が集まるために作った場所なんだ。
明かりも、壁も、天井もしっかりとした作りをしている。
場合によっては籠城だって出来たかもしれない。
『チャンミン、』
ぼうっとしていたところ、に、シウォンの声がして、途端に目の前が真っ暗になった。
『、』
僕の顔はシウォンの胸に押し付けられているらしい。
きつく抱きしめられている。
『会いたかった、』
『んん、苦しい、』
背中を叩くと、シウォンは声を上げて笑いながら僕の顔を胸から剥がした。
『心配した、』
『ありがとう。みんなは無事なの?』
『この通りさ、君がいないから調理してくれるひとがいなくてね、』
『ふふ、』
改めて地下の部屋を眺めると、再会を元気な顔で交わしている仲間たちの姿があった。
誰ひとり欠けることなく集まっている。
しかし間もなく、僕達はまた外に出なくてはならない。
『チャンミン、』
『はい、』
声がしたと同時に、僕はユンホに手を取られて引き寄せられた。
『みんなで話をする。』
『はい、』
『シウォンも、』
『はいはい、妬いた?』
『うるさいんだよ、お前は、』
『あははっ、兄さんごめんね、愛してるよ、』
地下の穴の中というのを忘れてしまいそうな程の明るい声。
笑い合う顔。
すぐに戦いに行くのだというのに、彼らは笑って抱き合っている。
けれど、そんなふうにして喜びたくなるほど、悲惨なものも見たし、これからも目の当たりにするかもしれない。
だから笑える。
それならそれで、素晴らしい仲間なんだと思うんだ。
痛みを背負い合うだけじゃないということなのだろうから。
なんとなく部屋の1箇所に集まると、ヒチョルとイトゥクから現在の状況を伝えられた。
ユンホが手を上げて、新しい仲間を紹介した。
国の兵士だったことも改めて明かした。
手紙のやり取りで既に知っていたことだが、ここで再会した仲間たちからは疑いの目は感じられなかった。
「新しい仲間」という言葉に、テミンは誇らしげに背筋を伸ばしていた。
そんな喜びの瞬間も早々に切り上げ、それから直ぐに実行する作戦の話になった。
それだけ時間がないということだ。
『見張り塔に収容されている人達だけでも、この村に匿いきれない。』
ヒチョルが言った。
『子どもや女性を中心に、そのまま谷の村へ行ってもらう。』
こんな時間に女子どもを移動させるなんてとても危険だ。
けれどそれはここにいる全員が痛い程にわかっている。
どこにいても危険は変わりない。
分かりきっているから、声を上げる者がいないのだった。
『谷の村へ先導するのは、今度はイトゥクとシウォンに任せる。』
指名されたふたりは頷いて僕達に応えた。
『と言っても、先導は森までだ。谷の人達に迎えに来てもらうことになっている。指定した場所に向かってくれているはずだ。』
なるほど。
僕達があの村に到着した時刻よりも早く人を遣わせていたのだろう。
すれ違うことがなかったのは、恐らく彼ら独自の道があるのだろう。
引き渡して最短で僕らの仲間であるふたりがここに戻れるようにするようだ。
そしてきっと、収容される人達を救う作戦を実行する度にその繰り返しになるのだろう。
谷の村だって余裕はない。
分散させなくてはいけなくなる。
だが、今は目の前の作戦を成功させることに集中しなくてはならない。
『助けた男のひとたちはここに集まるの?』
テミンが手を上げてヒチョルに問うた。
『ああ、うん、ちょっと汗くさくなるけど、我慢な。』
そういうことじゃないだろうと誰もが思っているが、みんなにやりと笑うだけだった。
そんな彼らの関係も好きなのだが。
『この村を砦にするために協力してもらおうと思ってる。幸いまだ住まうことができる家屋があるしね、』
『、』
『実は資材はすでに少しずつ頂戴してたりするんだよね、偵察ついでに。』
ヒチョルがにやりと笑った。
しかし直ぐに表情を引き締める。
『2箇所同時に解放して、先導しなきゃいけない。ユノとチャンミンはミノ達を連れて動いてくれ。』
ユンホが頷く。
『ドンヘとニョクニョクは俺達と動く。』
『ニョクニョク…、』
誰かが呟いた。
ヒチョルの顔は至って真面目だったからまた可笑しい。
『でだ、肉弾戦になると思う。』
『、』
全員が顔を上げてヒチョルを見た。
『徒歩の人達を連れていかなきゃいかない。その速度は絶対に追いつかれて交戦することになる。』
みんながまた頷いた。
『イトゥクとウニョクに先導を任せ、残りで交戦し全てをそこで食い止める。』
全て。
何万という兵が押しかけてきたら、僕達は耐えきれるのだろうか。
彼らがいくら戦うことに長けていても、そんな数でこられては絶対に無理だ。
僕は思わず手を上げた。
『はい、チャンミン君どうぞ。』
ヒチョルが僕を見て笑う。
何故笑っていられるのだろう。
これから死ぬかもしれないというのに。
『あの、交戦するって、僕達のこの数と…その、何千何万もの兵士が出てきたりしたら、いくらユンホ達でも、』
僕の言葉に今度はキボムが手を上げた。
『この時間を狙ったのは、それを防ぐことが出来るからでしょう?できるんです。』
キボムが真っ直ぐにヒチョルを見つめる。
ミンホとテミンがその様子を見守るように見つめる。
『実はだな、それは現場に行けばどんな有様になるか分かると思う。あるものを拝借してきたから。』
あるもの。
拝借。
敵方の何かを盗んできたというのか。
キボムが続けた。
『首都から大勢の兵が出てくることが出来る場所はひとつしかない。そして今の時間、それが閉じている。』
まさか。
首都の入口である大門の鍵を盗んできたというのか。
『そしてその場所である門の鍵は、ふたつしか存在しない。』
ヒチョルがキボムの言葉に得意気に頷く。
ここでオンユが表情を変えずに呟いた。
『ひとつは守衛室。ひとつは、首都長の自宅。』
『それをひとつずつ、俺とニョクニョクが拝借してきました。』
ドンヘが隣にいるウニョクの肩に腕を回して、双子のように同じ動作で大門の鍵を見せてきた。
『だからこの時間に平野へ兵を出そうとすると、まあ相手が奇襲をされるってわかっていれば話は別だけど、隊列を組まれて交戦する程にはならないはずなんだ。』
オンユが淡々と補足した。
ヒチョルが拍手をして正解を褒めるように笑みを浮かべた。
それからヒチョルは個人の細かい動きの指示をした。
僕にはユンホと一緒に前線で食い止めることになったから、ユンホの指示に従う動きだ。
しかし、初めて前線で剣を振るうことになる。
僕なんかが数に入るような働きができるのだろうか。
僕は人を斬ることができるのだろうか。
僕は人を殺すことができるのだろうか。
なぜ今になって、そんなことで迷うのだろう。
これまで殺された人も多くいたはずなのに。
僕は不安に飲み込まれそうになっている中で、出陣の準備となった。
時間がない。
既に外に出て馬に乗っている仲間だっている。
『チャンミン、』
『ユンホ、』
動けないでいた僕に声をかけたのはユンホだった。
手には大きな弓を持っている。
『殺さなくていい。』
『、』
『顔に出てる。』
そう言われて思わず自分の頬を摩ってしまった。
ユンホが微笑む。
『チャンミンの集中力は、きっとこういう武器の方に結果が出ると思うんだ。』
『…、』
『チャンミンは徹底して殺さない止め方をしてほしい。』
『殺さない…、』
『忘れたのか?俺たちはいつもそうだったじゃん、』
そうだ、彼らは不殺の盗賊団だ。
傷も、血も作らないのが信念でここまで来たのだ。
流してしまったし、落ちた命もあったけれど。
その結果だけではなくて、その結果に伴う過程にきちんと彼らの信念は乗っていたのを僕は知っている。
知ってるんだ、僕だって。
『馬に乗りながら射ることになる。』
『できるかな、』
『できる。』
『ユンホ…、』
『足を止めるんだ、』
『馬がいい?ひとがいい?』
『人だ。』
『馬に悪意はないからネ、』
兵士にだって悪意があるわけではないと思う。
こんな時に思うことだろうかと、自分に可笑しくなら。
けれど、何かのために仕方なく兵役に就いているものもいれば、上からの命令に従うことだけで生きている人もいる。
それらは悪意ではなく、それが彼らの仕事であって当然のことなのだ。
だって僕らは、彼らから見たら盗賊なのだから。
だから足を止める。
そういうことだ。
追わせず、殺さず、そして僕達はその間に消えることになる。
『一緒に、いってくれるか?』
僕はその言葉を聞きながら大弓を受け取った。
ふたつの矢筒を背に背負う。
『もちろんだよ、ユンホ。僕はあなたのそばに居る。最後の、最期までね。』
抱きしめられる。
背負った矢筒が邪魔に感じた。
垢で汚れた頬に指が添う。
優しく微笑む唇を前にして、僕はなんだか泣きたくなった。
行きたくない、そういうわけじゃない。
幾度となく感じる、物凄く遠いところに来てしまったと感じる瞬間が今だった。
僕はもう、何もしないあの頃の僕じゃない。
僕は彼のものになって、僕は僕の生き方を見つけることが出来たんだ。
だから僕は、僕の意思でこのひとについて行こうと思うんだ。
重なる唇。
こんなに遠いところにきた。
けれど、僕達の願いは近づいているんだって信じたい。
地下を出る階段を駆け上がる。
仲間が待っている、暗い地上へ。
ご無沙汰です|J ◉`)∵)
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