*災害描写有り閲覧要注意*ヒビコレカケラ11~明日のバゲット~(CM) | Fragment

Fragment

ホミンを色んな仕事させながら恋愛させてます。
食べてるホミンちゃん書いてるのが趣味です。
未成年者のお客様の閲覧はご遠慮ください。

全てのパンとスイーツが並ぶと、父が店に来てくれて僕は病院に行くことになった。
彼が同行するというので、タクシーを拾って病院へ行く。
診察の受付で自転車と接触した為と伝え、今はほとんど痛みはないと伝えると、簡単な医師が診察
してくれた後に診断書を出してくれた。
湿布が処方され、僕と彼は手を繋いで歩いて帰ることにした。
その途中、自転車に乗っていた相手に連絡をし、診察の結果を伝えると後日僕の店にそれを取りに来るのと治療費を払いに来るということで話が落ち着いた。
その間も彼の手は僕の手から離れることはなく、都心の歩道を大きな男ふたりが手を繋いで歩
いていた。
さすがにコックコートは脱いでいったけれど、彼はバリバリのサラリーマンスタイル。
不思議な並びになってしまった。

間もなく休憩と仮眠の時間になる。
あまりお腹は空いていないけれど、彼は朝からクロワッサンしか食べていない。
自分はなんだっていいけれど、言葉少ない状態が続く彼をこのまま帰すのも気が引ける。
このまま彼は何も食べずむっつりと難しい顔をし続けるのではないだろうか。

『なにか食べていきますか?僕は食べたい。』

『…、うん。』

こういうと、僕の為に食べる場所へは行くのだろう。
まずはそこから。

『…、何なら食べようと思えますか。』

『…チャンミンの、パン。』

『じゃあ、店からいくつかパンを持っていきましょう。今日はご馳走しますから。』

店へ寄って、それからどこで食べられるか考えよう。

手を繋いだまま、車の通りが多い道路に沿って歩道を歩く。
コンビニ、歯科医院、オフィスビル、コーヒーショップ。
それらをなんとなく眺めながらふたりで歩く。

手を繋いだまま。

手を繋いだまま、ふたりで。

時々目が合うと、彼は力なく微笑む。
そんなんじゃ明日までもたないだろう。
お腹が空かなくても、体のエネルギーは失われていくんだから。

体だって、明日を迎えるために、明日をよくしようとして動かそうとするんだよ。







店に着くと、父がお客様の対応をしていた。 
3人程のお客様で、既に店内はいっぱいな雰囲気だ。
彼は父に会釈をすると、何かを話したそうにお客様が去るのを待つ。
僕はその間並んでいるパンをトレイに取る。
何が食べたいかを彼にたずねると、バゲットと答えた。
バゲットのハーフサイズをひとつ、カンパーニュをひとつ取った。

『母さんは?』

『家にいるよ。今工事の業者と話をしている。』

つまり家で食事は出来ないな。
彼がいるのであれば。
工房に回り、バターとジャム、それからハムや食べられそうなものを物色する。
彼が忘れそうなので、1度渡してまた預かっていたラスクを引き寄せる。
一緒に食べてもいい。

『父さん、工房で彼とお昼を食べてもいい?』

『どうぞ。』

僕が父に話をしたところでお客様が引いた。
彼がレジにいる父の前に寄った。

『すみません、お邪魔します。』

『いえいえ、どうぞごゆっくり。』

彼と父が会うのは最初にジャムを取りに来た以来だろうか。
挨拶をしたかったようで、それが達成させると彼の顔は心做しか少しだけ楽になったように見えた。
律儀なひとなんだなと思う。
お客様がいない時にレジを通り彼と工房に入る。
粗末な椅子をふたつ寄せて、バゲットとカンパーニュをカットする。

『ちょっと緊張するよ。』

彼が言いながら小さく笑った。
そうか、父がいるからか。

『声の大きささえ気をつければ平気です。』

『うん。』

今の彼は大きい声を出す気配がないけれどね。

カンパーニュの上に薄くバターを塗り、トッピング用のチーズを散らす。
それにしても野菜が足りない。
彼にもビタミンが必要だ。

『あ、』

カンパーニュをトースターに入れて、食材を置いている棚へ向かうと、甘いパンを作る時に使うドライフルーツを皿に盛った。
低糖のヨーグルトを引っ張り出す。
これで足りない栄養を補うとしよう。
気休めだけどね。
コーヒーメーカーで温かいコーヒーを入れる。

トースターが鳴って、チーズが溶けて表面に薄く焼き色がついたカンパーニュを取り出す。
チーズの香りが工房に線を作る。
それから今日はバゲットにバターを塗ってからトースターで温めた。

『朝ごはんみたいになっちゃいましたけど、食べましょう。』

『うん、ありがと、』

カンパーニュを取り、彼の前に差し出す。
口まで持っていく。

『どうぞ、』

そういう時、「あーん」と言ってあげるのがいいのだろうけれど、すぐ側に父がいるとさすがにおふざけでも言えない。
彼の小さな口が開いて、カンパーニュに歯を立てる。
噛み切ったと思ったら、溶けたチーズが伸びていく。
チーズのハシゴを見る彼の目が寄り目になっていく流れがとても可愛らしく思えた。
チーズの暑さに手のひらを握ったりつりそうなぐらいに力を入れたりして悶えている。
熱いものがそれほど得意には見えない。
そんなふうに彼のひとつひとつを眺めて観察しているのが楽しくなってきた。

ヨーグルを混ぜてドライフルーツを柔らかくする。
浸けておけば柔らかく美味しくなるけれど今は仕方ない。
思い出して蜂蜜を手にする。
アカシアの蜂蜜だ。
ヨーグルにかけて黄金色のソースで輝かせる。
彼はそれを食べ、目を大きくさせた。
「おいしい」と目で言って、スプーンを口へ往復させた。

食べて元気が出る瞬間というのを、家族だけだったり自分ひとりで食事を続けていると見なくなるものだ。
家族に対しては喜んでくれるとやはり嬉しい。
けれど、喜ぶポイントやそれを見る角度というものはどうしても偏る。
だからこうして、家族とは別な存在と食事をするとそれらがよく見えてくる気がするんだ。
自分が作ったものなら尚更。
さっきまで元気がなかった彼を見ていたから、こうして目に力を宿して、手と口を動かす彼を見ていると嬉しくなるものだ。

バターを塗って温めたバゲットを取り、大きく頬張る。
バターが湧いてくるように、生地の水分が口の中に溢れてくる。
美味しい。
小麦の香りとバターが抱き合っていて、そこに酵母の風味が過ぎる。
麦ってこんなに美味しいんだって、感じられるのがバゲットだと思うんだよね。
食パンや白いパンは、洗練され過ぎてしまう気がして、小麦そのままな感じを楽しめるバゲットが僕は好きなのだ。

だから自分が好きで、それを表現したものを、誰かに愛して貰えるというのは、とてもとても幸福で光栄なことだ。
今こうしてそう思えるようになったのは、彼がくれたあのひと言だった。

だから僕は、そんなふうに僕を見てくれいた彼が好きだ。

好きだと思う。
今こうして何かと戦っているというか、心を痛めている様子を見ているとどうしても放っておけない気持ちになる。
それもこのひとの魅力なのか、はたして魔力なのか。

『ふふ、』

『なに?』

ヨーグルを食べたスプーンを口にしたまま僕を見る彼の目。
大丈夫、ちゃんと瞬きできているね。

『いえ、可愛いなって思って。』

彼に対して抱くものをひとことで表すなら、今は「感謝」だと思う。
素敵なことを気づかせてくれたことへの感謝。
だから今度は、その先に見えるものに期待したいと思う。
友人として。
キスはできるような相手として。

『ふふふ、』

『なんだよ、さっきから、』

『ううん、やっぱり、可愛いなって。』

『可愛いのはチャンミンで、俺じゃないから、』

少しだけムキになるこの感じも可愛いんだけれどね。
それから彼はバゲットを頬張って噛みちぎる子どものような顔をしていた。

それから腕時計のことを思い出した。

『時計、電池替えたら動くかな。』

『いいよ、動いても動かなくても、多分―――』

彼は何かを言いかけて止めた。
バゲットの欠片を押し込むようにして飲み込んだ。

『それで防げるものが多分、まだあると思う。』

防げるもの。

なんだろう。

ここで店の方にいた父が顔を出す。

『ちょっと家に行ってくる。母さんに呼ばれてるんだ、』

『あ、はい、』

ほぼ食べ終わっている状態でちょうどよかった。
彼は父に向かって不安気な視線を向けていた。
彼は一体何をそんなに不安になっているのだろうか。

『ごちそうさま、』

『お粗末様でした。』

食事の片付けをしつつ、店に視線を向ける。
ひとり、ふたり、お客様がやって来て我が子達を見送る。
さてどのタイミングで睡眠を取ろうかな。
使った食器を洗い、調理台を拭く。
その間も彼は僕を目で追っている。

『チャンミン、』

『はい、』

『今夜、』

『はい、』

『離れたくない。』

『、』

別に彼がここにいても構わないが、完全に僕と彼の寝るタイミングというものがズレてしまう。
それでは彼に申し訳ないし、何より大きな男ふたりが並んで寝られるような場所は我が家にはない。
子どもならあの居間で寝ていてもいいだろうが、大人ふたりが家族の歩いて回る部屋に寝るわけにもいかない。
僕は実家のどこで寝ても別にかまわないが、お客様にはそんなことをさせるわけにはいかない。

『いて欲しいんだ、』

また、懇願するような目で見てくる。
彼はどうしてしまったのだろう。

『でも、あの家では、』

『俺の部屋に来たらいい、』

『、』

その考えはなかった。

『でも、』

『頼む、今夜は、』

彼が立ち上がり、僕に腕を伸ばしてくる。
背中まで腕を伸ばして、抱き締めてきた。

『ユンホ、』

彼の背に腕を回した時だった。
彼の肩越しにあの映像が過ぎり、頭のなかをその映像で占められる。



「一緒にいて。」

襟足が長い彼が言う。

「でも今夜は、」

その昔の僕が返す。

「離したくない。」

彼は引かない。
けれど僕の腕は引いた。
今の僕達のように、抱き合う形になった。

「今夜ぐらい、俺に愛されて欲しいよ。」

今夜ぐらい。
それは、あれかな。
この大昔の僕もパン屋をやっていたなら、夜中働いている生活だったのかもね。
そしたら恋人や奥さんがいたとしたら、サイクルを合わせるのはお互いに大変なのかもしれない。
何のサイクルだよって、考えながらツッコミたくなってしまうけれど。
「チャンミン」はどう答えるのだろう。
映像を見守る。

「…、わかりました、いいですよ。」

へえ。
じゃあ、このチャンミンはこのユンホと、つまり…。
へえ。
やっぱりそういうことなの。



『チャンミン?』

『あ、』

現実の彼に声を掛けられる。
僕の顔を訝しげに見つめる。

『あの、ごめんなさい、ちょっとあっちの時代の僕達が現れて、』

『、どんな、』

『ええと、まさに、今みたいなやりとりでした。』

『、』

今の状況とシンクロするような内容が見えるのだろうか。
そういう傾向はあるようだ。

『あちらのあなたが、僕に夜の時間を求めてました。』

『それって、』

それって。
それって、あれだよね。
あちら側のふたりは、そういう関係だったんだよね。
だからそういう行為をするために時間を作るって話で。

つまりそれって。

『また、顔、』

『え?』

『照れてる…?』

『え?なんで、』

『顔赤い、』

『、』

そういえば顔が熱い。
彼の目が僕をじっと見つめてくる。

『チャンミンは俺に求められたら、どうする?』

『どうって、』

そもそもどっちがどっちとか、考えるられない。
そういうことだよね。
求めるってそういうことをするのであって、そういう行為にはふたつの役割があるよね。
その役割のどちらが僕になるのかとか、まだ考えられない。
正直なところ。
でも、「愛されて欲しいよ」と言われたら。

彼の真剣な目で。
その内側に大きな不安を変えているなかで。
それでも愛したいと言ってれるのなら。

僕は、

『はい、』

そう答えてしまうのではないだろうか。

『それって、』

『愛され、る、方がいい。』

言ったらまた、恥ずかしくなった。
というか、僕は先走った答え方をしていないか?
こちらの彼は一緒にいて欲しいと言っただけで、セックスしようとは言っていない。

セックス?

『いや、ええ、ちょっとま、』

自分自身にストップをかけたい。
とてもかけたい。
けれど、多分もう遅い。

『チャンミン、大丈夫、俺の方がものすごく愛したい。』

『、』

待って。
待って待って。
大丈夫じゃないし、何が大丈夫なの。

とにかく顔が熱い。
プールがあったら飛び込みたい。

『チャンミン、すごく可愛い、今、ものすごく可愛い。』

うるさい。
うるさいうるさいうるさい。

『優しくする。だから、俺のものになって欲しい。』

うるさい。
とは、言えない。

言えない。

でも、あの映像のなかのチャンミンのように素直に頷いてもやれない。

『僕は、』

『うん、』

『僕は、』

『うん、』

『痛いのは嫌いです。』

『あはは!』

どうしてこういう時だけ、お客様はやってこないのだろう。
どこかで見ているのだろうか。

彼がまた抱きついてくる。
とてもとても嬉しそうにしている。
あまりにも嬉しそうだから、僕は今更断ることなんて少しも出来ない流れになってしまった。


いつまでもくっついてくる彼の体を剥がそうとした時だった。


『っ、』

ズンと突き上げるような衝撃があった。
踵が浮いた。
胃がぐっと縮んだ。

『じしん、』

『、』

『おおき、』

揺れる。
突き上げられる。

『うわ、』

『っ、チャンミンっ、』

壊される。
彼にもの凄く強い力で腕を引かれ、調理台の下に押し込められた。
僕が出られないように塞いで彼も調理台の下に入る。
棚が揺れる。
物が落ちる。
パンが飛び散る。

怖い。

『やっぱり、』

彼が歯を食いしばりながら言った。

怖い。
胃が宙に浮いているようで気持ちが悪い。

ほんの数秒だったとは思う。
けれどとても大きな地震だった。
おさまりかけた頃に僕が出ようとしたら彼に止められた。

その瞬間だった。

パリンと高くて鋭い音がした。

『っ、』

蛍光灯が落ちてきた。
調理台の上に落ちて砕けたようだ。

それはさっきまで僕達がいたちょうど真上。

揺れがおさまる。
彼が先に外に出る。

散らばった蛍光灯の破片が見える。

動悸が激しい。

亀裂が入った古いあの家は無事だろうか。
父は、母は。

動悸が激しい。
胸が痛い。

心がとても忙しい。

















続く

このお話を読んで不愉快な思いや不調を感じる方がもしいらっしゃいましたら、申し訳ありません。
下げさせていただきますのでお知らせください。
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村