ヒビコレカケラ12~明日のバゲット~(CM) | Fragment

Fragment

ホミンを色んな仕事させながら恋愛させてます。
食べてるホミンちゃん書いてるのが趣味です。
未成年者のお客様の閲覧はご遠慮ください。

地震はおさまった。
店の外を見ると慌てる人達はいたけれど、大きく損壊している状況ではないようだ。
店内と工房は色んなものが落ちてきて散乱したけれど、壊れたものは蛍光灯だけだった。
スマートフォンで地震の情報を確認すると、都内の狭い範囲での揺れだったことを知った。
だからそれもおかしいなとは思ったんだ。
色んなことが少しずつ変な地震だなと感じた。

散乱してしまったパンはもう売り物にはならないし、売れる状況ではないから今日の営業はもう終わりだけれど。
店の外にもお客様はおらず、実家の両親からも無事だという連絡の電話があった。
彼らに実家のことを任せ、僕はユンホの手を借りて店内の片付けをすることにした。

『ごめんなさい、手伝わせてしまって。』

『ううん、それより、』

『はい、』

彼は何かを言いたそうに、床に転がっていたバゲットを手にしてまた黙ってしまった。

『時計、腕時計、』

彼が口にした瞬間に、エプロンのポケットに入れておいた彼の腕時計を取り出した。

『あっ、』

『、』

時計盤にヒビが入り壊れていた。
秒針が軸から離れて落ちてしまっている。
エプロンのなかで壊れるような衝撃はあっただろうか。
ここでも地震に関する違和感を覚えた。

『…、やっぱり、』

彼が震える唇で呟いた。

『あの、どういう、』

彼は力なく頷いた。

『…、今を生きる俺とチャンミンの距離が近づく度に、チャンミンに襲う身の危険が、命の危険が大きくなるんじゃないかって思って…、』

『、』

そういえば、今日見た映像でも、その前のものでも、確かに僕と彼の距離が近づくようなきっかけになったものだった。
直接的な進展に関する内容だった。

では、もし。
もしも、今夜僕と彼が本当に心身共に結ばれていたとしたら、僕達はどうなっているのだろう。

僕達に、明日はあったのだろうか。

明日パンを焼くことは、出来ていたのかな。






『バターナイフの話を聞いて、腕時計を押し付けた。』

『え?』

バターナイフの話というのは、バターに差し込んだ瞬間折れてしまった話だろうか。

『バターナイフが折れてしまったのは、あの家でチャンミンの身代わりになってくれたんじゃないかなって思って、』

身代わり。

『家の亀裂が、チャンミンの身の危険に何か繋がっていて、それをバターナイフが折れることで、身代わりになってくれたんだろうなって。』

いつもの僕だったら、きっとそんな話があるかって笑っていたと思う。
でも、実際にこうして店内に被害が出るほどの危険を感じることになると、そうなのかなって思わざるを得ない。
バターナイフが折れた日、ヘアブラシも箸も折れた日だった。
それらが全て身代わりになって、あの家に亀裂を作るだけのことに留まったのか。
そんなことってあるのだろうか。
また動悸がしてきた気がする。

あの日は、前日に初めて彼と工房で食事をして友人として関係が進展した日だった。

『夜中の自転車との事故で、腕時計…、替えたばかりの電池が止まるはずないなって思ってね。』

『、』

やっぱり、電池切れなんかじゃなかったんだ。
でも自転車のハンドルに衝突した際に壊れただけなのではないか。

『あ、』

そういえば、その直後に側溝に落ちそうになったりしたっけ。
それらの代わりに腕時計が止まったのだろうか。
結果、壊れた。
前日の僕達は、初めてキスをした。
この時だって、状況とシンクロするような映像を見た。

彼が俯いた。
声を絞り出す。

『試すみたいになってごめん、』

『え?』

『チャンミンと距離を縮めたいから、お守りになるものを預けるようなことをして、こんなことになってる。』

『、』

それはどうなのだろう。
彼がそう思うだけで、言葉にされなかったら僕は気づかないままだったかもしれない。
聞いた今でも、それは違うと思う。

『ごめん。』

そんなふうに苦しむような声で謝られたいとも思わない。
それも違うと思う。
他人が見たら彼が言うように考えて口出しすることもあるかもしれないけれど、当人である僕が違うと思うなら違うと思う。
違う。

急な接近だし、出会った頃から彼の可愛い強引さはあったけれど、ひとつひとつは結局僕が選択してきたことだ。
彼の申し出に、僕が決定してふたりで選んだものだったじゃない。

『じゃあ、友達もやめますか?』

『、』

『そうじゃないでしょう?』

『…、』

考えたんだろうな。
今、同じこと考えて、ひとりでショックを受けていたんだろうな。
この店の辺りに不思議な地震が起きてしまったことにも大きなショックだったと思う。
僕もショックだ。

『でも、次は守れるかどうか、わからない。』

嘘つき。
守るって言ったじゃないか。

『ごめん、本当にごめん、』

『…、』

また泣き出しそうだな。

『でも、死んでしまいそうなことは今日体験しました。そうでしょう?』

『、』

彼が手にしたままのバゲットを受け取る。
もう商品にはならない。
どのパンもね。
でも捨てない。
僕は捨てない。
我が子がちょっと床に転がっただけだ。
売れないけれど、食べられないわけじゃない。
明日開店できるかわからない。
だから持ち帰って家族で食べる。
祖父母ならそうしていたはずだから。

『今日と明日、僕は家族と一緒に売れなくなったこのパンを食べます。ユンホ、僕はそれにあなたを誘いたい。』

『、』

『今回で終わらせるんでしょう?悲しいこと。』

『…、』

『大丈夫、僕は消えません。』

何を根拠にそんなのとが言えるのかは、自分でもわからない。
わからないけれど、言うよ。

『今までのチャンミンがどれだけあなたに乗っかった人生だったかはわかりません。』

多分歴代チャンミンのなかで僕が1番素っ気ないというか色気もなんにもない可愛くないタイプだろうとは思う。
可愛げがないチャンミン。

『だから今の僕は、今の僕らしくあなたといることを望みます。』

『、』

『あなたと一緒にいて例え死んでしまっても、僕はあなたを恨むことはないと思いますし、むしろ…そうですね、この仕事をしていることの喜びを生きているうちに知ることができたことを、感謝するんじゃないかな。』

これは本心だ。
受け継いだ味を守ることだけで生きてしまうような気がする。
その上で、なぜ自分の作ったパンを愛おしく見送れるのかを、知ることができた。

作る僕の気持ちを、買って食べてくれるひとに伝わる。
食べてくれたひとの今日を、そして明日を迎えるためのエネルギーになればいい。
明日という日を、今日よりもよくできるためのエネルギーになればいい。
その気持ちが伝わるから、買って食べてくれるひとがいる。
それを知ることができたのは、彼が僕の前に現れてくれたからだ。

『じゃあ、死ぬ時は一緒で。それならどうですか?』

『、』

まだ転がっている我が子を拾い上げる。
ひとつ、ふたつ。
そこで彼の手が伸びてきた。
愛する我が子をひとつ拾ってくれた。

『…、食べる。一緒に。』

『、』

『今日も、明日も、チャンミンが作ったパンを食べるよ。』

『はい。そうしましょう。』

『もう、会社明日も休む。』

『ふふ、』

『ごめん。まじで、お前といたい。』

『、』

こういう時に胸がキュンとなるものなんだね。
今、多分そのキュンという感じを味わった気がする。

『はい。そうしましょう。だって、勿体ないじゃないですか。』

このキュンとした感じも。

『せっかくこうして、店の手伝いをしてもらえる関係になったんですから。』

僕達家族だけでは食べきれないパンも。

『この店を愛してくれるひとは、ひとりでも多いほうが、絶対いいんです。』

始まったばかりの、友人以上の関係も。
だから、勿体ないじゃない。

『ね?』

怖いから、終わりにするって。
勿体ないじゃない。

『うん。』

可愛い声だな。


もしかしたら、僕は彼と出会って、彼はずっと弱気でいたのかもしれない。
僕はそういう彼しか知らないのかもしれないな。
だとしたら、僕が安心させてやれれば、本来の彼を取り戻せるのかな。



落ちたものを元の場所に戻し、火の元や破損している調理器具がないかを念入りに確認する。
幸いパンを作ることに支障はなさそうだ。
破損したのは落下してきた蛍光灯だけ。
その蛍光灯の破片を集めている時にぼんやりと思ったのは、欲しいのはこんな欠片じゃないんだよなということ。

僕が欲しいのは、過去の僕達を繋ぐ記憶の欠片。

彼ほどに執着や愛着もないし、何が何でも思い出したいわけではないけれど。
でも、これからを長く彼と生きていくのなら、知ってあげていた方がいいことだってあると思うの。
彼だけが抱えて生きていくのも違うと思う。
僕は僕でしか生きられないけれど、彼が今でも愛しているものがあるというのとは、理解できる方がいいと思うんだ。

だから僕は、明日に繋がる欠片の方がいい。



店が片付くと、今日と明日の臨時休業の貼り紙をして店を出た。
自宅に向かい、外から壁に入った亀裂をふたりで眺めた。
工事の業者が地震が起きた当時もまだいたようで、今日の地震で更に修理が必要なところがないか調べてくれているところだった。
幸いにして建物自体が損壊しているところはないが、台所は物が落ちて悲惨なことになっていた。
売り物にならないパンを居間に置いて自分の部屋を確認する。
不思議なもので、飾っておいたプラモデルも写真も何も倒れていない。
我が家の場合は台所だけだった。

それでもお客様を亀裂が入った家に寝泊まりさせる訳にはいかないから、僕は彼の誘いの通りに彼の部屋に行くことにした。

たくさんのパンとお気に入りの調味料を持って。

それからなんとなく、台所に戻って彼に貰ったバターナイフを探した。
棚の上のカトラリーのなかに入ったままだった。
落ちなかったようだった。

『、』

けれど、そのバターナイフはまた綺麗に柄と刃の部分が折れていた。
まだ数回しか使っていないのに。
一緒に入っているフォークもスプーンもステーキナイフだってどれも壊れていないのに。

『身代わり…、』

彼から貰った新品のバターナイフは、この家を守る代わりに折れてしまっていた。

庭を眺めて僕を待つ彼の背中を見る。


『違う。』

僕達の距離が近づく度に僕達が危険な目に合うんじゃないよ。
僕達の距離が近づく度に、僕達は守られる力が強くなるんだ。
そういうことだよ。
少なくとも、今を生きる僕達をどうにかしようと奮闘してくれているあなたがいてくれるのだから。

『違う。』

僕達は別れる為に近づくんじゃない。

『強くなる為に、出会えたんだ。』

彼の背中には届かないような大きさの声だった。

けれど彼は振り向いて、唇を少しだけ上げて微笑んだ。











続く
次で最後よん(∵)
(´◉J ◉`)🥖モッタイナー
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村