図書館員にあるまじき行為をしてしまった。
互いに仕事中なのに、プライバシーに関することを聞き出すなんて。
こんなこと館長や本社の人に知られたらとんでもない。
必要以上に答えるほうも、答えるほうだけどさ。
『では、館内及び図書館の敷地内で怪我人や病人がでたときについて質問させて頂きますが、』
反省の念を唱えながら進行させる。
ごめんなさい、皆さん。
『はいっ結婚してるんですか!』
『えっ』
すっかり仕事だということを忘れている奥様スタッフが我先にと手を上げた。
『はいっナイスな質問ありがとうございます!』
『えっ』
ドンヘさんは、ノリノリだった。
いやいや、ちょっと、まだしなくちゃいけない質問をひとつもしてないよ。
『僕らはみんな独身です、はい、皆さんのイ・ドンヘです。』
うわぁ。
奥様たちがきゃあきゃあと喜ぶ。
ていうか旦那はどうした。
キュヒョンまでも、顔の動きをいっさい止めて濃いハンサムをまた凝視していた。
なんなんだこの宴会場は。
僕が聞きたかったことが、ここで済んでしまっている。
さっきの血迷った部分がとてもムダに感じてきた。
思い出すだけで恥ずかしい。
よくよく考えるとものすごくアピールしまくってたんじゃないか、僕は。
うわぁ。
恥ずかしい。
『皆さん、館長に怒られてぇですか、』
報告書を書く僕の身にもなってほしい。
僕の一言で、しんと静まり返る。
『はい、』
別になにひとつ話に乗ってきてないくせに、笑って返事をしたのがリーダーのこの人だった。
イケメン同士気を取り直して二人で隣り合って並び直した。
キュヒョンとシウォンさんがちらっと見あったのも逃してないよ。
なに、なんなのこの二人。
僕が駐輪場にいる間になにかあったのだろうか。
もう、なんなの。
あらかじめ用意しておいた質問に答えたり、スタッフたちからのわりと真面目な質問に答えてくれたり、実演の補足をしてくれたりしてとりあえず報告書に書けるぐらいの内容には軌道修正ができた。
『以上になりますが、救護や消火器の訓練は消防署内の訓練も可能ですので、ぜひ定期的な訓練や講習を続けていただければと思います。』
そう締めくくって、三人はきっちりと腰を折って頭下げた。
スタッフたちはそのまま休憩に入り、三人は館長が挨拶をしたあとに撤収となる。
先に濃いハンサムとみんなのドンヘさんが出ようとしたところ、キュヒョンが濃いハンサムを引き留めていた。
みんなのドンヘさんは先に模型やAEDを片付けに館外へ消えた。
キュヒョンはなにかを話しかけている。
シウォン氏は一瞬驚いたが、すぐに満面の笑みになった。
あ、なんだ、いい感じなわけ?
なんなの、この短時間でなにを成立させたわけ?
なんか、腹立つ。
でももう、彼らは帰ってしまう。
要請があればまっすぐ向かったりするのだろう。
緊張感のなかで生きてる人たちなんだろうな。
そんななかで奥様たちに囲まれてきゃあきゃあ言われる仕事は案外本当に楽しいのかもしれない。
若干約二名男子がきゃあきゃあしてたけど。
それから二人は外へ出ていった。
なんだ、あいつら。
おい。
『シムさん、』
呼ばれたほうに振り向くと、またイケメン。
本当にクラクラする。
『ハンカチ、返したいから、』
から?なに?
ちょっと、と言われて腕を引かれる。
なんだこの急展開は。
自動ドアを出て館外に出る。
消防車の前にはキュヒョンとあの二人がいてなにやら騒いでいる。
彼らから死角になる駐輪場の一角に入る。
自転車なんて一台も止まっていないただ広いだけの空間。
屋根も壁もある石造りのちょっとお洒落な駐輪場だったりする。
地面は消火器訓練で濡れた後。
水溜まりを避けて歩くと、いつの間にか壁際。
そこでまた、腕を引かれた。
そしてその腕が、なぜか僕の頬を横切る。
あっ。
これはまさかの、
壁ドン。
『俺の勘違いじゃ、ない?』
それはつまり、僕が一目惚れしてしまって駄々漏れになっていたハートのマークのオーラにってことだろうか。
だとしたら、
『はい、勘違いじゃ、ないです、』
じゃなかったらただ仕事で遭遇した消防士にあんなこと聞きやしないよ。
だってかっこいいんだもん。
だってものすごく好みなんだもん。
だっておいしそうなんだもん。
『じゃあ、また、会え』
『あ!ガチアイビキ!ガチヌケガケ!』
このやろう…、
まじでいいところだったのに、
まじでお誘いしてもらえそうなところだったのに、
なんなの!
『ドンヘヤ、あっち行ってて、俺シンケンなんだから、』
『えっ?』
壁ドンは続行されていて、意外に聞き分けのいいみんなのドンヘさんはバイバイと手を振って消えていった。
シンケン?
ユンホさんが、小さく笑う。
『ごめんネ、からかってるわけでもないよ、』
『ええ、はい、』
優しく、笑う。
そしてほっと安堵したように笑う。
僕はこの人の笑い方が、好きなんだなと思った。
『また会いたい、そゆこと、』
『はい、僕も、』
急展開もいいところだ、成立も早すぎる。
ごめんねキュヒョン。
もしかしたらゴールは僕の方が早いかもしれない。
とか、またしたたかで自惚れやさんな僕。
基本的にかなわない恋はしない。
でも、これは、今回は、
かなわないとはちょっと思えないくらい出来すぎた恋愛アプリケーションのようだ。
かなわないって思っても、
この人のもつドキドキの引力には引き寄せられてしまうだろう。
ダメだ、ほんとに、ダメ。
グッドエンディングしか欲しくない。
バッドエンディングになんかさせやしねぇです。
『ねえ、十四日、バレンタイン、』
壁ドンから、腕が僕の頬にやってくる。
それから、それから、
『また会える?』
おでこにおでこがくっついてくる。
『男しかいない職場だから、』
近い、近い、近い。
『チョコレート、貰えなくて寂しいんだよネ、』
吐息が、かかるよ。
彼の作業服を掴んでみる。
脇腹の辺りをね。
『男しかいないけど、男から貰うんですか、』
『あはは、』
色んな矛盾を飛び越える笑い声。
無邪気な彼。
だったらもう、ハンカチはいいのに。
でも、いいか。
僕のなにかを相手に持たれているって、ちょっと嬉しいかもしれない。
悔しいことが、ひとつ。
キス、できるかも、なんて思ったのにできなかった。
あの距離でしないって、なんだか酷い。
お預け。
だから、次は、できたりするんだろうか。
なんてポジティブに期待へ変換してしまう。
駐輪場で名刺交換。
互いの超個人情報であるあのIDを書き加えて、交換して。
走り去っていく、消防車。
見送る僕。
消防車が背中を向けた時だった。
運転席から腕が一本。
助手席から無理矢理腕が二本。
ピースして、バイバイしてくれた。
行ってしまった、赤い車。
三人のファイヤーイケメン。
残った、超個人情報。
振り向くと、固まったままの僕の親友。
『やべえ、俺、玉の輿かも。』
『あっそ、』
とりあえず、昼休みに連絡するんだ。
わざわざ謝礼の電話をしてもいい。
館長を差し置いて。
バレンタイン、どうしようかな。
ふふふ。
まずは好みから聞くことにしてみようか。
完(笑)
完なの!完!(笑)
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