リカレントラブ54ー完ー(CM) | Fragment

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ホミンを色んな仕事させながら恋愛させてます。
食べてるホミンちゃん書いてるのが趣味です。
未成年者のお客様の閲覧はご遠慮ください。

いつも通りの、おはよう。

いつも通りの、朝ごはん。

今朝はバナナとヨーグルト。

髭は青い。

笑顔は明るい。

いつのまにか肌寒い朝。

最後の朝。


部屋を出れば、この部屋にもう入ることは二度とない。
昨夜は、泣いたみたいだった。
目が重たい。
鏡を見ると、髭も青いし目が腫れているし、彼以外にはとても見せられない顔だった。

泣いたのか。

昨夜、なにがあったっけ。

記憶を辿ると、悲しかったり嫌なことかあった感触はない。
どちらかというと、心地よい感触が残っている。

どこに?

唇に。

寝る間際に送られてきた血液と体温が、僕の中で生きている。
残っている。
育っている。
ドキドキしている。

朝ごはんを食べ終わっても、
歯を磨いても、
もう一度顔を洗っても、
彼の血液は消えることなく僕の中で生きていた。
心地よい感触は、残っていた。
生き残ってくれていた。

いい感じ。

『昼過ぎので帰ろうか、』
『はい、』

彼の荷物もまとめられた。
もう、お互いの手荷物ぐらい。
よくできました、主に、僕。

着替えて、テレビを消して、電気も、ガスも確認して。
部屋のカギを閉めると、またひとつ、終わったなって気持ちになる。


早めに出て、ゆっくり向かって、ちょっとご飯。


他愛のない話をして、
でも僕たちは手を繋いで。

行き先の違う切符を買って、
同じ改札に入る。

そして別々のホームに向かうの。

電光掲示板に、それぞれが乗る新幹線の情報。


いよいよなんだ。

終わるんだ。



いつもと同じ朝を迎えたのに、

いつもとは違う場所に向かうの。

教室じゃない。
あの部屋じゃない。
廊下でもない。
エスカレーターの下でもない。


今、二人で立ち慣れない場所で向かい合っている。



『行くヨ、』
『うん、』

うんて言うけど、なかなか離れられなくて。

『チャミナ、』
『はい、』

彼に困った顔をさせてしまっている。

不特定多数の人が行き交う。
人の流れの中洲に取り残されたような僕たち。
他人は僕たちの姿なんて目に入っていない。
みんなみんな、忙しく歩いているだけ。

僕たちだけが、惜しむことで足を止めてしまっている。

『ユノ、』
『うん、』

お互いの名前を呼ぶけれど、その先に続く言葉が見当たらなくて。
二人で困っている。
僕と彼の発車時刻は三分差。
彼の方が三分早い。


今朝、なんで目が腫れていたのか。
なんで腫れるまで泣いていたのか。

ただ単純に、寂しいからだ。

信じている。

彼のことを、
彼の言葉を、
彼の熱意を、
彼の信念を、
彼の優しさを、
彼の真心を、
彼の誠意を、
彼の広さを、

信じている。

けれど、

そう、ただ単純に、寂しいからだ。



目の前に居ない。
おはようが言えない。
お疲れさまが言えない。
いただきますが言えない。
ごちそうさまが聞こえない。

大好きが言えない。
大好きが聞こえない。

好きだよが言えない。
好きだよが聞こえない。

手が握れない。
手を握ってもらえない。
抱き締められない。
抱き締めてもらえない。

一緒に眠れない。
一緒に起きれない。
一緒に登校できない。
一緒に帰れない。


寂しい。




『寂しい。』


言ってしまった。
困らせるだけの、言葉。


『離れたくない。』


困らせるだけの、言葉たち。


『イヤだ、離れたくない。』


そんな言葉だけが、生まれてくる。

頬を流れるものが生まれてくる。



きっと最後のハグ。
彼の腕が僕の腰と背に回ってくる。
抱き寄せられて、優しく包まれる。
慰められる。

人の流れの中洲のなかで、少しだけ注目されてしまう。

それでも、頬を流れるものは次から次へと生まれ続ける。

耳元に唇。
『大丈夫、チャミナ、大丈夫だから、』
慰めの言葉。

彼の背に、僕の腕。
僕の馬鹿力の発揮のしどころだったかもしれない。


『顔、上げなヨ、』

ようやく見上げた時に見えた顔は、
泣き出しそうな笑顔だった。

貴方は泣かなくてもいい。
僕が代わりに泣いてるんだから。
貴方に泣かれては僕は絶対乗れなくなる。
発てなくなる。


中洲のなかで、血液が送られる。
閉じた目から、涙がこぼれた。

こぼれた涙が、それで最後だった。

この場所では。

提供される血液に心が乗っていた。
彼の心も、泣いていた。
僕を惜しんで、泣いてくれていた。
その激しさは、キスに乗って、僕を慰めた。

目尻にたまっていた涙が、溢れる。

涙はそれで、おしまいだった。





『行こう、すぐに電話するから、』

頷くしかできなかった。
我慢じゃなくて、落ち着いたから、頷けたんだ。

『半年だ、年末も会えるヨ、』

また、頷くだけ。

『クリスマスは一緒だ、』

明るい慰めの言葉だった。

『チャミナ、好きって言って、』

僕は大きく頷いた。



『ユノ、好きだよ、大好きだ、明日も明後日も、大好きだよ。』



もう一度、キスして、彼を取り込む。

これが最後、これが最後。

もう一度だけ、ちょうだい。



時間だ。





『チャミナ、好きだ。』



時間なの。
行かなくちゃ。



『ちょっとだけ待ってて。』



行けなくなっちゃう。



『すぐに迎えにいくらから。』



すでに彼を掴む手が、離せない。



でも、離すの。



行かなくちゃいけないから。



僕がケジメをつけたら、また会えるから。
そのために、行かなくちゃいけないの。





『今夜、電話するから。』

『うん、』






頬にひとつ、ふたつ、キスの交換。

離れる指先。

別れる爪先。

別な向きに歩き出す。

振り返らない。

ふたつ向こうのホームに彼はいる。

姿は探さない。

僕を乗せる箱に乗り込む。

まだ滲む視界で席を探す。

ただ座って、時間を待つだけだ。

何も、考えられなかった。



彼の発車まであと一分、

三十秒。

どこかで発車のアナウンスが鳴った気がした。



行ってしまうんだ。
終わってしまうんだ。


ただ単純に、この瞬間が寂しくて、明日の希望があるのに、見えなかった。

ほらね、僕はネガティブな人間なんだった。
彼がずっと居てくれたから、そんな自分も忘れられていた。

すごいね、彼の影響力。








ああ、好きなんだ。


彼が好きなんだ、


ユノが好きなの。


彼は三分先に行ってしまった。


そして僕が起つ。





手が震えた。
手の中の、スマホ。

【着信 チョン・ユンホ】

嘘つき、今夜って言ったじゃない。

デッキに移動して、着信に出る。
同時にこの列車のアナウンス。
ガタンて揺れて、電話の向こうの音も声も何も聞こえなかった。

『もしもし、ユノ?』




『来ちゃった、』









なんで、










『寄り道しようと思って、』








なんで、










『一晩泊めて。』







彼は言う。

『どうしても、あと一日、離れたくなかったから。』

明日も、おはようが言えるのかもしれない。

明日の朝も、好きって言ってもらえるのかもしれない。






抱き合ったまま、発車したんだ。


キスしたまま、通話中だったんだ。








心の準備をしに、地元に寄り道。







二ヶ月間、走り続けたご褒美くらい、もらってもいいよね。


どうか彼に、有意義なご褒美になりますように。
















信じている。
明日が待っている。


始まるから、

始まっているから、

明日は待ってる。


信じているから、


明日が待ってる。



二人で同じだから、

明日を想える。











僕たちは、育ち続ける有機体である。














愛読、ありがとうございました。
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