母が2年半ロングショートで過ごした特養は
何から何まで利用者をバカにした施設でした。
母がこの特養にお世話になれた経緯は、
同敷地内にある大病院に入院した事でした。
2か月まるまる入院させてくださった病院の外科部長には
今でも感謝でいっぱいです。
この入院期間中に、
まだ骨が完治してない母を
自宅で介護する自信がなかった私は、
病院内のケースワーカーさんに相談。
そのケースワーカーさんのご紹介で
ロングショート枠を頂いたのでした。
病院が素晴らしかった事と、
同じ経営の傘下である事、
それ以前にこの特養の説明会に夫婦で聴講した事があり、
間違いのない施設だと思っていました。
施設はホテル並みの美しさで、
館内は匂いもなく、いつも大浴場から
石鹸の香りが漂っていました。
施設内には美容室も完備され、
週に1度、シャンプーブローをお願いしていました。
(この美容室さんには大変お世話になりました。
よい美容師さんばかりでした。)
母が病院の退院と同時に
同敷地内の特養の棟に移動した日の夕方、
母は娘に捨てられたと泣いていました。
そんな予感もあって夕食前に再度訊ね、
母に割り当てられた個室ユニットに母を連れていき、
「ここはホテルと同じように考えて!
今、お母さんが家に帰ると、
私、寝れないんだ。
永久に入ってもらうわけじゃなくて
月に5日自宅に帰れるから、
身体がよくなるまで、ここで過ごしてほしいの。」
そう諭すと、
「捨てられたんじゃないのね。」と言った母。
ひとまず落ち着いてもらえた事に安堵して
「毎日、来るから!」と伝えた私。
やっと涙が止まる母。
その時、個室ユニットの天井からは、
オルゴールのクラシックが流れてるのを聴きながら、
『お母さん、いいところに入れてよかったよ。』と
感激ひとしおの自分でした。
この日、男性スタッフの一人から
「お母さん、食事の時の防水エプロンはつけたほうがいいですか?」
と聞かれました。
母は腰椎骨折の分厚いコルセットをしていました。
<画像拝借しています>
その厚みで、胸の部分が10㎝近くも前に飛び出ていて、
その上にセーターをさらに羽織っているので、
食事中、ポロポロと前にご飯がこぼれたり、
醤油が垂れたり、汚れると思い、
「お借りしていいのですか?
買ってもってきたらいいですか?」とお聞きすると
「貸出しは無料ですので、ではそのようにさせて頂きますね。」と事で、
毎回食事にエプロンをして頂く事をお願いしました。
そして翌日、夕食時に訪問した時、
昨日お話に出てた食事用エプロンはかけられておらず、
母はダイニングで皆に囲まれて食事を取っていました。
2年半を通じて、
ただの一度も、その防水エプロンを
スタッフからつけてもらった事はなかったのでした。
じゃあ、なぜに私に聞いた?
答えは、皆さん、形だけこうやって聞いて、
自分がいかに優秀であるかをアピールしてたのです。
こうして、この施設の怠慢さ、
引継ぎらしきものがまったくない事、
プラン表に記載をしない体勢、
さらにプラン表そのものを誰もみない、
そして責任者不在である事を、
じょじょに痛感する事になります。
利用3日目から、私のなかには疑問が生じていました。
なぜそれを指摘できなかったかというと、
ただ、私が弱虫だったからです。
頼るところがない、ここしかない、
ここで母が嫌われない様に、
それしか頭になかった。。。
こうした施設を使わざるを得ない利用者家族にとって、
特別枠から外される事は恐怖でしかなかったのだと思います。
ほんの些細な事ですが、
毎回、醤油やソースのこぼれたセーターを
持ち帰って手洗いする手間は、結構な手間でした。
「ウールは縮む事が怖いので、家族さんが洗濯してもらえますか?」
と言われ、快諾していた私。
特養のこの施設では、洋服の洗濯は無料でしたが、
ウールでなくても下着と靴下以外は
すべて持ち帰って洗濯するという家族に甘えて、
洗濯可能な化繊の上着やズボンなども含め、
私に渡す45ℓ入りのゴミ袋の中に
みな、突っ込まれてました。
1週間に一度の持ち帰りの日は、
結構な重さでした。
ある時、その中に、
私が持ってきた靴下が
使われてないのに、
7足分がごっそり
そのまま入っている事もありました。
いささか施設に引き戻し、これは
タンスにしまってくださいと返した事も。
尚、自主的に予備のパジャマを
母に交換してくれたことは
2年半の期間、一度もありませんでした。
私が夜に施設に尋ね、着替えさせない限り、
ほぼ1か月、同じパジャマです。
のちに私のがん治療の期間中に
やむをえずロングショートを
新たに探して頂く事をケアマネに
お願いしました。
使わせて頂いたその特養施設では、
2着までの持ち込みを約束事として、
パジャマも含め、全てを洗濯してくれる体制でした。
あずけた衣服のイラストもしっかり記載して
紛失を防ぐ策も取られていました。
この施設のように、
知らない人の靴下が洗い物の中に
入っていたりする事も、
ピンクの下着が
緑に染まって戻ってくる事もなかったです。
特養は施設の豪華さも魅力ですが、
働く人達、その環境、体制、監督状態、
やっぱり人なのだと思います。
この施設は、皆、自分がいかに働かなくてよいかを
模索している、
そしてそれを監督しまとめる人間が不在の、
そんな施設だったのです。