昨日は1日、ダァーと二人で、ぐだぐだと過ごし、夜の食事をしてから、こたつのなかで、また、睡眠と現実のまじりあったような時間が続いた。
私は時々、こういう時間を過ごす。
夜12時を過ぎて、自分がいつも寝る部屋に布団をしいて寝た。
するとしばらくして、母が二階に上がってきて、こともあろうに、夜中なのに、階段をほうきではきだした。
「おかあさん、なにやってんの? もう夜中だよ。」
「あ・・だめかしら。」
「だめに決まってんじゃん。常識ってもんをもってよ。」
母はバツが悪そうに、ほうきをもって、1階に下りていった。
『もぉん・・・せっかく寝てたのに、起こされちゃったよ。
1回起きちゃうと、寝れなんだよね。』
そう言って、1階の自分の部屋に下りようと、階段の踊り場に立ったとき、目を疑った。
上から見下ろす1階の廊下に、ちい子の、あの可愛い下半身がのぞいてる。太い巻き尾と、ペタっと足を投げ出した、なんともいえない姿。
『嘘だ・・・嘘だよね・・・。』
『いやちがう、これは幻だよ・・。』
目を疑いつつも、
『でも幻であったとしても、もう少しだけみていたい。』
『だから、消えるのは、もう少し待って・・。』
ゆっくり音を立てずに階段を一段一段下りてく。
音を立てたら、その幻が消えてしまう気がする。
『ちい子、消えないで・・。お願いだから。』
ちい子は消えず、私は1階に足をついて、腰をかがめた。
ちい子は私が来たのに気付いて、くるりと体をひるがえし、私の前に立った。
「ちい子! ちい子っ!!」
ちいは、しっぽを振って、私を迎えた。
昔、目を細めて笑った、あの笑顔を私に向けて・・。
「お母さん、ちい子、ちい子だよ!
幻だと思ったけど、消えなかったよ!
こんなことってあるんだ!生きてるんだよ!
生き返ったんだよ!」
母は黙って私とちい子を見つめてる。
『でも、でも、これ、もしかして”夢”じゃないのかな・・。
”夢”かどうかは、触ったらわかるよ。
”夢”には、「触覚」がないんだもの。触ればいいんだ。
触って、ちい子の毛の感触がなかったら、きっとそれは幻なんだ。』
私は恐る恐る手を出して、ちい子の背中を触ってみる。
触ろうとする、その手がブルブルと震え出した。
いきなり触って、姿が消えることが怖い。
でも、そっとそっと手を差し出してみた。
すると、確かに感触がある。
密集した綿毛の間に生える、ツンツンと突き出た固い毛の、あの感触。
今度は、深くなでてみる。
『ちい子だ。ほんとにちい子だ!』
私の手に、ちい子の、あの柔らかい毛の感触が伝わってくる。
「ちい子!ちい子!」
ちい子は嬉しそうに、また身体をひるがえし、私に突進してきた。
甘えん坊だったけど、柴犬独特の高いプライドからか、決して私の顔をなめたりしない。
ちい子はすっかり若い頃のちい子に戻ったようだった。
まるで夢をみているような気分だった。
ただ・・不思議なことに、毛が薄い深緑なんだ。
『毛が緑色・・・?』
凝視してみると、やっぱり緑色。
黒ゴマだったちいの毛が、緑色になっている。
『どうして背中が緑色?病気をしたから緑色になったのかな・・。
変だ・・・緑色だなんて・・・・。』
そこで・・・夢が醒めた・・・。
布団のなかでしばらくぼぉーっと正気に戻るのを待った。
亡くなった人が夢に出てきても、決して喋らないのだという。
私の亡くなった父も、何度か夢に出てきたが、決して喋らなかった。
ちい子も、夢のなかに出てきても、声を発しなかった。
涙がたくさん出てきて、傍においてある、ちい子の骨壷を抱きしめた。
昨日は一日、夢と現実の中間みたいな時間を過ごしていた。
私のなかで、亡くなった父と同じように、ちい子が自分のなかに生きてると思える日は、いつ来るのだろう。
幻であっても、夢のなかであっても、私にはちい子との再会は嬉しい。
ただ、夢が醒めたあとの、この想いは、いたたまれない。
朝が来るのを待とう。
あと5時間・・・もう一度、眠れるかな・・。