突然ですが、皆さんはいつ頃からキーボードタッチができるようになりましたか?
今は小さい頃からゲームに親しみ、小学校でパソコンの授業がある程なので、早い時期からキーボードが打てるのではないかと思います。
ヤスミンカの場合、初めてのキーボードタッチは、中学2年の夏休みに出された地理のレポートをワープロで作ることでした。
そのときのレポートは5枚指定で自由に書くようにとの指示でしたが、ヤスミンカはソマリアの歴史について調べていく内にすっかり熱中してしまい、40枚もの大作を仕上げてしまいました!
それだけ打てば二本指打ちでも結構なスピードが出せたものです。
完成したレポートを丁寧に紐にくくり、張り切って提出しました。
そして待ち焦がれたレポート返却日、地理のS津先生が私に書いてくださった評価は…
「ワープロの字は読みやすいね」とヒュルヒュルっと赤いボールペンで一言(笑)
これには自失呆然、一気に肩の力が抜けました。
地理のS津先生は、九州地方にある島の出身の方で、島の方らしい茶色く日焼けされた眼鏡の優しい笑顔が印象的でした。若いヤスミンカ達は先生の素朴で温かい方言が面白おかしく、大変な人気者の先生でした。
アメリカの州名や高原名など、先生オリジナルの発音とイントネーション、読み換えておっしゃるので、クラスはいつも大爆笑!
先生からはあっけらかんと突き抜けた明るさ、大陸的で平和な感じが知らず知らず伝わってきました。
当然ながら地理はちっとも頭に入らず、S津先生の島ってどんなところなのだろうといつも思いを馳せていたヤスミンカでした。
久し振りの更新で、ヤスミンカの勉強方法の1つをご紹介します。
それは勉強中つまづいたところを誰彼かまわず(笑)先生に質問するように心がけていたことです。
特に数学が苦手だったヤスミンカは、2つ上の桜蔭から東大に入った先輩から「とにかく数学の教科書の理解を完璧にするように!」とのアドバイスを受けたことから、とにかく教科書の分からないところを授業の都度チェックをつけ、先生のところへ聞きに行っていました。
つまづいたところを教えて貰うとちょっと机を掃除したような、スカッとした気分になるものです。
もともと先生達と話をするのが好きだったことも手伝い、お昼休みや放課後には職員室に通うようになりました。
そんな質問魔がヤスミンカ以外にもちらほらいたようですので、先生方からすればたまらなかったのかもしれません。
ある日の放課後、私が職員室に入って先生を探すと、何と先生私の姿を察知して反対のドアから逃げていくではありませんか!
ここまでくれば、質問魔の達人?です(笑)一人ほくそ笑み、他の先生を探すヤスミンカなのでした。
本来きちんと物を教えようとする先生であれば、生徒からの質問は大歓迎なのです。
自分の話がどこまで伝わっているか、生徒がどこでつまづいているかが分かる貴重なチャンスなのですから。
皆さんも先生に逃げられるほど質問魔になってみましょう(笑)
相乗効果として、成績が上がること請け合いです。
ヤスミンカ
それは勉強中つまづいたところを誰彼かまわず(笑)先生に質問するように心がけていたことです。
特に数学が苦手だったヤスミンカは、2つ上の桜蔭から東大に入った先輩から「とにかく数学の教科書の理解を完璧にするように!」とのアドバイスを受けたことから、とにかく教科書の分からないところを授業の都度チェックをつけ、先生のところへ聞きに行っていました。
つまづいたところを教えて貰うとちょっと机を掃除したような、スカッとした気分になるものです。
もともと先生達と話をするのが好きだったことも手伝い、お昼休みや放課後には職員室に通うようになりました。
そんな質問魔がヤスミンカ以外にもちらほらいたようですので、先生方からすればたまらなかったのかもしれません。
ある日の放課後、私が職員室に入って先生を探すと、何と先生私の姿を察知して反対のドアから逃げていくではありませんか!
ここまでくれば、質問魔の達人?です(笑)一人ほくそ笑み、他の先生を探すヤスミンカなのでした。
本来きちんと物を教えようとする先生であれば、生徒からの質問は大歓迎なのです。
自分の話がどこまで伝わっているか、生徒がどこでつまづいているかが分かる貴重なチャンスなのですから。
皆さんも先生に逃げられるほど質問魔になってみましょう(笑)
相乗効果として、成績が上がること請け合いです。
ヤスミンカ
今では最初に習った自己紹介であるジュマペル ヤスミンカ位しか覚えていない私ですが、大学での第二外国語はフランス語でした。
当時、フランス語の担当教官は哲学者のU先生。
いわゆるドチョン(=超楽に単位が貰える)と名高いU先生に、私達のクラスは大喜び!
テキストだって、他のクラスのものと比較しても私達のは会話に毛が生えた程度の簡単なものでした。
そうは言っても、大学入学当初は、語学だって頑張ろうと、大好きなトルストイを原語で読めるロシア語か、ヨーロッパで一番使えそうなドイツ語かで真剣に悩んだ末に、結局一番人気のフランス語を選び、授業を楽しみにしていたのでした。
ところが…
U先生の最初の一言でそんなフレッシュな私のフランス語熱は一気に冷めることになるのです。
それは「日本人とフランス人とは舌の構造が違うから、もはや大学生の君達がフランス語を学んでも完璧な発音は目指せないんだよ」と言うU先生の穏やかな一撃でした。
この先生の一撃により、ただでさえ、あちらこちらに誘惑の多い大学生活の中に、あっという間にフランス語はおいてけぼりにされ、皆仲良く教科書を16分の1に縮小したコピーを分け合い、試験に臨むヤスミンカとクラスメイト達だったのでした。
U先生は物腰も穏やかそのものでしたが、後で闘う哲学者なる一面を知り、さすが会心の一撃を食らってしまったと少し悔しい思いがしました。
何だかんだフランス語が好きだったので、食わず嫌いをしてしまった気持ちでした。
そして、後からみれば言葉なぞ、いくら発音が悪かろうと通じればハッピーなのです。
語学に完璧主義は禁物という苦い教訓となりました。
ヤスミンカ
当時、フランス語の担当教官は哲学者のU先生。
いわゆるドチョン(=超楽に単位が貰える)と名高いU先生に、私達のクラスは大喜び!
テキストだって、他のクラスのものと比較しても私達のは会話に毛が生えた程度の簡単なものでした。
そうは言っても、大学入学当初は、語学だって頑張ろうと、大好きなトルストイを原語で読めるロシア語か、ヨーロッパで一番使えそうなドイツ語かで真剣に悩んだ末に、結局一番人気のフランス語を選び、授業を楽しみにしていたのでした。
ところが…
U先生の最初の一言でそんなフレッシュな私のフランス語熱は一気に冷めることになるのです。
それは「日本人とフランス人とは舌の構造が違うから、もはや大学生の君達がフランス語を学んでも完璧な発音は目指せないんだよ」と言うU先生の穏やかな一撃でした。
この先生の一撃により、ただでさえ、あちらこちらに誘惑の多い大学生活の中に、あっという間にフランス語はおいてけぼりにされ、皆仲良く教科書を16分の1に縮小したコピーを分け合い、試験に臨むヤスミンカとクラスメイト達だったのでした。
U先生は物腰も穏やかそのものでしたが、後で闘う哲学者なる一面を知り、さすが会心の一撃を食らってしまったと少し悔しい思いがしました。
何だかんだフランス語が好きだったので、食わず嫌いをしてしまった気持ちでした。
そして、後からみれば言葉なぞ、いくら発音が悪かろうと通じればハッピーなのです。
語学に完璧主義は禁物という苦い教訓となりました。
ヤスミンカ
