奥田民生ショー2、読みました?
本を読んでると、
原爆ドームや、宮島といったキーワードがまったく感じられない
普通の広島がどんどん気になってくる。
もはや、恋。
街に恋・笑。
さすが、観光大使パワー。
そんで。民生のちっちゃいころの話なんかを読んでると、
男の子や女の子の友達を家に呼んで
OT自らラーメンを作ってあげたり、
夫を亡くしたばかりの担任の先生を
励まそうと、クラスの子たちと日曜日に先生を呼び出して
ククレカレーを持参して、
お米だけを炊く飯盒炊飯をしたり・笑。
かわいかったんだな。小学生の奥田君。…みたいな。
まぁ、
小さいころのOTを知ってどうなるってことでもないけど。
ちょっとおもしろかった。
そして
自分の子供時代も思い出しちゃったりして。
私は、今でこそ、
「世の中、わりとどうでもいいことばっかりだ」と思うくたびれたOLですが。
子供時代は、
毎日の生活でなんか楽しいことはないだろかとか、
自分の世界に没頭する子供だったので。
昔は、なんでもかんでも
自分が一番楽しくなければ意味がないと思っていたので。。
この、
「楽しくなければ意味がない」ってところが、
けっこう、似てるなぁと。
ただ、OTほど優しくないけど。
たとえば。
中学生のころ。
楽しい学校生活を実現すべく、生徒会の役員になった私は、
「文化祭の後夜祭」の実現に全力投球。
なぜ、後夜祭かというと。
「どうしても全校生徒でキャンプファイヤーがしたかった」から。
高校の後夜祭では、キャンプファイヤーをやるらしいっていう話を聞いて、
どうしても、中学でやりたくなった。
火を囲むのって楽しそうじゃん。単純に。
暗がりだから、好きな子に告白するヤツとかもいそうだし・笑。
文化祭で出たゴミとかも燃やしちゃえばいいと思ったし。
そうすれば片付けラクだし、思い出に残るなぁと。
理由は、それだけ。
だけど、友達の反応も上々で
予算さえあれば、実現できると思った。
一応、予算も確保できそうなので、
全学年、各クラスでやるかどうかの決議をしてもらって
すべてのクラスでOKが出て、すべて私の思惑通りにことが運んだ。
そしたら、生徒会の顧問から私が呼び出されて
顧問「後夜祭の件だが、本当にやるのか」
私 「はい。全学年、一致で決まったので」
顧問「なんでやるんだ」
私 「楽しいからです。
文化祭が終わる寂しさを、キャンプファイヤーをすることで
楽しい思い出として、気持ちよく終わらせたいからです」
顧問の先生は、ヤクザみたいなすげー怖い先生だったけど、
私、全然ひるまず、答えたなぁ。
ほんと、アツい生徒だった。よくよく。
しかし、火は危険だし、
キャンプファイヤーなんて前例のないことなんで、先生も面倒だったと思う。
けど、当時の私はそんなこたぁおかまいなし。
燃えさかるでっかい火が見たい!
告白タイムになればいい=それ超、楽しい!ぐらいのもんだった。
これでこの話合いは終わるかなと思ってたとき、
この顧問が、私の人生を変える一言を言い出した。
顧問「それを、死ぬほど楽しくないと思う人間の存在はわかってるか」
私 「は?」
顧問「体育祭でも、球技会でも、文化祭でも、
周りになじめなくて、校庭の隅とかで地面に絵を描いてるようなヤツらのことだ」
その言葉をきいて、
この顧問は、ただいちゃもんをつけたいだけなのかとムカっときた。
だって、全校生徒の中に、そういう絵を描きそうな奴らは5、6人。
その5、6人のことを考えろということが理解できなかった。
それに、地面に絵を描いてても、それは彼らが選んだことだと思った。
私 「(考えてないくせに・笑)それは考えましたが、
では、逆にそれが楽しいと思う人はどうなるんですか?
楽しめない人のために、楽しめる人が我慢するのは違うと思います。
それに、楽しめない人は、もしかしたら今回は楽しめるかもしれないし。
楽しむ、楽しまないは本人の自由ですし。そういうときに、砂で絵を描くことが
その人にとっては、楽しいことかもしれませんし。
可能性という意味では、楽しまない人がいるからやめるということでは、
何も起こらないし、何も変わらないと思います」
顧問「おまえがそういう風に考えてるなら、いい。わかった」
そんで、めでたく(?)キャンプファイヤーは実現して。
問題になった「砂で絵を描いてるような子たち」も、
まったく日頃とは別の状況のせいか、興奮して楽しんでた。
でもねぇ。
この一件を境に、
私はただ「楽しければいい」っていうのを考えたくても
いろいろ考える自分が、出てき始めて。
そのうち。
何が楽しいのかもわかんなくなってきて、
だんだんと私が追求したい「楽しいこと」っていうのは、
友達や、周りの人に対して
私のエゴを押し付けてるだけのような気もしてきて、
なんだかものを考えることが、すごく疲れちゃって、
ものすごく狭い範囲でしか、楽しみを追求しなくなって。
使う人間から、使われる人間にシフトダウンをしてしまった、みたいな。
つまりは、ぐるっと回ってパシリ体質に成長してしまった…笑。
パシリ、ラクですもの。
いろんなことは、ボスが考えてくれるから。
さらに。
私をパシらせてる人(=ボス)に、優越感も与えられるし。
そしたら、
その優越感が、
そのボスが抱える日頃のストレスをほんの少し解消できるかもしれないし。
ボスが喜んでくれるなら、私もうれしい♪みたいな。
なんて。気持ちをこう文字にするとヒネクレテるなぁ。確実に。
でもさ。
要は大きく道を踏み外さない限り、なんでもOKかなと。
なんでもいいって思う自分がいる。
「これが面白い」「これが正しい」っていうのは、押し付けちゃいかんと。
いろいろな感想があって、正解かと。
そんなことを考えるうちに、
私の性格のリーダー的な部分っていうのが、
私の中で邪魔になってしまった。
ただ、自分の意見はしっかり持ってようと。
大切な人が、おかしなことになってたら
バシっと目を覚まさせようというのは、失くさずに。
けど、
そのぐらいの覚悟でいいかと。
でしゃばるまいと。
…そんな風に思ってきて20年ぐらい経つけど。
最近、それも違うような気がしてきてて。
今回、民生ショー2を読んで、いっそうその気持ちが強くなった。
やっぱり自分にとって楽しいことを極めるのは大切かと。
あんまり、どうでもいいって構えてると、
自分自身に説得力なくなるし。
昔の私に戻ろうかなぁ。
昔の私、けっこう乱暴者なんだけど・笑。
道理のないことが大嫌いな男気あふれる女だったので、
うじうじしたヤツの机ひっくりかえしたり、
ビンタして「ビンタした方の手が痛いんじゃ~っ」とか言ってたし。自分で言うなよ、ってセリフだ・笑。
まぁ。少しずつ。大人なので、暴力は抑える方向で。
ね。