1/15〜1/18、青春に御礼を。 | リゲッタつくってる兄さん達の日記。

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僕たちは『楽しく歩く人をふやす』ために存在しています。



1/15、月曜日。


こぼれてる。

こぼれてるぞ。




特に予定のない日なのでツキイチ考える会の一つのテーマを進めてみたり、長文のメール返信したりと。そんな1日。



昼は味噌ラーメンね。

リズムが合わんというかタイミングが合わんというか前々から不思議なお店です。



腰もぼちぼち。

キャンプが不安だったけど影響は意外となくて。夜は金岡さんのところでほどほどに筋トレと整体をしてもらって帰宅でございました。





1/16、火曜日。


午前はリョクシン松下のインソールの話を聞いたりなんかしたり、昼からの試算会議にむけて天津飯食べたり。

今日はちょっと薄めロン。



12月分の試算会議を。

まぁ、こういう機会があってこそ「減価償却ってなんぞい?」ってなるだろうからこういう日もあり。自分としては遅れてしまった10年という感覚もあるのでほんとこれからが大事だ。→いろんな数字に気づいてくれる人募集中。



夕方、大阪を飛び立ち、

池袋。



7.6度のサンダートルネードにグルグルされまして、アマミだらけの体になってから、

唐揚げをいただく。キャンプで冷えた体が元に戻りました。





1/17、水曜日。


今年初の東京営業所へ。

大阪のデザインミーティングをリモートで見させてもらったり、ところどころ言いたいことを言わせてもらったり。



ランチはゆーみんセレクトの天丼。

これ、こない見えて器の半分くらいまでしかお米が入ってなくて器の構造がすごいって思った。それくらいでいいしめちゃ助かる。でもなくなった時悲しかった。東京で天丼食べるってなんかいいやね。





お昼からは共同通信さんの取材を受けさせてもらい。取材だけでなく、記者の方のこれまでの取材とか聞いてるのも面白かったです。また取材が少しずつ増えてきて嬉しい。


リョクシン、前の日遅い時間に取材に役立つ情報ありがとう。ほぼ触れることがなかったけど厚みが出ましたのでサンキュー。




取材を終えて大阪に戻りました。

自由が丘に行ったりゆっくりしたいんだけど、なんやかんや1〜2月はいっぱいになってしまったなぁ…。






1/18、木曜日。



ちょっとだけソワソワする日。

11:30くらいにこのメンバーで会社を出て、



天王寺から、





何年振りのチン電だろう。



北畠で降りて、



大阪府立住吉高校へ。





まぁ、この前来たところなんだけど体で覚えているせいか嬉しいやね。







30年振りに半澤描いた。(ちゃんと消しましたので)




早めに着いたのでまずはお昼を。



変わらず綺麗な食堂の姉さんに挨拶をし、





変わらん。ひたすら変わらん食堂の味。それがいい。


12時半になったら食堂は大混雑。活気あっていいやね。茶髪やら金髪、普通の子から短いスカートの子まで何から何まで住吉高校はいい学校。



担当の三石先生にお会いして待合室で軽く打ち合わせ。この日ご一緒させていただくのは上新電機元取締役社長の中嶋さん。23期の方なので自分より23年先輩。渋谷凪咲さんのCMやってる会社の元社長が高校のOBってすごいな。打ち合わせの時から暖かいオーラと優しさの出ている素晴らしい方でした。




14時過ぎに体育館に行って、



えらい高いところから…。

氏って言われるのなんか小っ恥ずかしい。




ここに上がるのは合唱コンクール以来だ。



ダサいけどピースしたった。



一年生、二年生合わせて600人くらいの生徒さんが集まってくれて、

全員にリゲッタのすべてを配りました。いつか会社に来てくれ〜。




三石先生の進行で、

トークセッションのように答えていく感じ。オープンクエスチョンがかなり深く広い質問だったので大喜利っぽくなってましたが、かなり脳みそ使って答えてました。せっかくの機会だし一生懸命です。





自分の卒業は1994年の3月。

ちょうど30年経ってしまった。そりゃあ歳はとったけど感覚はあの時のものを大いに引き継いでます。

親としたら30歳の時の子どもにあたる生徒さん達。そりゃそうだ、我が家長男の成誉が高校2年だもの。



最後に御礼も込めて話をさせてもらったんだけど、自分は高校三年間は嘘みたいに毎日楽しかった。自由に行ける高校、好きな友達もいっぱいいてて、部活も楽しい、部活の先輩達もいい人でおもろい人ばかり、彼女もいてたし、程よく悪さもして楽しくて仕方なかった。勉強しなくて怒られることもなかったし→それは後で痛い目にあったけど。


あの時の感覚を今の会社に持っていきたかったから今のリゲッタがあるので、自分の人生の大部分を育んだのはこの学校です。

中学が辛かったから余計にそう感じたと思うけど、この三年を楽しめたから、「楽しいってこういうことなんだな」とわかるようになったのね。だからお節介でも「楽しい」ってどんな感覚か10代のうちに体験してもらいたいって思ってしまうのね。いや、ほんとお節介だけど。爆発的で後で疲れるものじゃなくて優しく漂う空気感。


まー、友達大好きとか大事って言うわりに、自分の性格が災いして偉そうにマウント取ったりしてトラブルとかを生んでしまったりもあったのだけど、「自由」の良さと怖さもこの学校で学ばせてもらえました。


自由のためには自立と自律がいる。

誰かが押さえつけてくることはないし、行動を正そうとしてこないからこそそれがとても大事。

誰かが作ってくれた枠内での自由って怖い。枠が無くなったらガタガタになるし、枠をずっと保ってくれる人なんていてないしね。そんな人は大抵先に死んじゃうもの。


この自由はリゲッタ社にも言えることで、それをわかった子は成長がすごい早い。「上も下もない、気を遣ってる場合じゃない」って。




で、どれくらい伝わったか、これからのヒントになったかはわからないけど、

この場所に呼んでもらって、こんな喋る機会をもらえるってやっぱりすごい。泣きそうになる感覚もあれば誇らしくもあり、みんな大好きって気持ちもあったりでいろんな感情がチャンポンされて最高でした。



こんなすごい先輩ともご一緒させてもらえまたし。

中嶋先輩は同じく住吉高校卒業生のアンミカさんの本の紹介をされていました。



「あれー、俺は今母校の壇上で何をしてるんだろー」という時間が終わり。


卒業して社会で成長して母校に戻ってきて喋れる。ええおっさんが言うことでもないかもしれませんが夢が叶いました。20代の時から「いつかは…」って確かに思ってたもんね。


あー、嬉しかった。


生徒の皆さん、ありがとう。いつかまた会いましょう。




終えてから天満に移動してはしご酒を。

寒さ、場所、味など結構大はずししてすんません。



4軒くらい。

どこ行っても体が冷えた(笑)


いやー、二人がいてくれてよかったです。嬉しいことは分かち合えないと半減するからね。


それと、こんなことをさせてもらえたのは会社のみんなのおかげってやっぱり思います。ほんとに。というわけで様々な方々ありがとうございました。いい日になりました。