今日のコナは朝はいいお天気。
午後からは曇っていました。
私の入っているオンサロのアルケミストでは次のように言われています。
学びには段階がある。
無知の無知
(何も分からない状態)
↓
無知の知
(自分の現在地に気づく)
↓
知の無能
(分かっているのにやめられない)
↓
知の有能
(自分で整え、戻せる)
↓
無の有能
(無意識で自然にできる)
この中で最も重要なのが
【無知の知】
つまり「気づき」。
でね、最初の「無知の無知」ってどういうことだと思いますか?
大体の人が自分は「無知の知」あるいは「知の無能」だと思ってると予測しますが、宇宙の法則を学んでない人は全然違うことを思っていると思います。
「無知の無知」は自分の今の置かれている状況が全くわからないってこと。
っていうのは状態の話ではないのです。
心の中の話。心のあり方の話です。
ある人が今、物凄いトラブルを抱えているので、過去に起こったトラブルの話を聞きました。私にはその人は人生を通して同じことをなん度も繰り返しているように見えるのだけれども、本人は全く別々の出来事としか思ってない。
例えば、離婚の原因と友人のトラブルと健康上のトラブル。その人から見たら一個一個その起こった問題の理由は違うわけ。そりゃ宇宙は合図として手を変え品を変えやってくるけど、合図はそこを自分が気がつくまで続きます。外側の出来事、そこしか見れないことが「無知の無知」な訳。
どういう心でそういう行動をとったのか?
というところを考えることが重要。
その人の場合は、毎回自分をいつも身動きできなくなるまで苦しい立場に追い込んで、自分を被害者にする。(当然相手は加害者)
そして可哀想な自分を演じてそれを免罪符に使い、同情を買って第三者を動かす。こんな可哀想な私だから助けてと第三者を動かしてその場を取り繕う。
そしてまた時間が経つとその第三者を加害者にして可哀想な自分を演じる。その繰り返し。
私がそのことを言ってもその人は表に出ている事柄しか見えないから、自分のそんな行動には考えが及ばない。違うと拒否する。




