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ミニマリズム毎日更新中
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私達は無意識に、
他人様のことを
視界で捉えるイメージと関連づけて
そのヒトの選択や行動を予測するらしい。
その法則に則ると
ミニマリストたるもの
大晦日・正月も
ミニマムであるべし!
と妄想を繰り広げていたのは
他でもなく、この私です。
でも、実際には...
大晦日は夫の実家で。
元旦は妻の実家で。
両家の母の心づくしを
目をつむりながら咀嚼し
ひあわしぇ〜〜〜
※しあわせ〜
と声に出して
「ますみちゃん、本当に幸せそう(笑)」
と周囲に笑われたのでした(笑)
ミニマリストになったら
本気の「なにもない」暮らしの中で
自発的に幸せを感じられることが
ゴールなのかと思っていたけど
今でも同じように
暦通りの賑わいが大好きだ。
でも、あの頃と違うのは
幸福度が高まる出来事の
種類が変わったこと
だと感じている。
20代の汚部屋時代は
大晦日に派手なパーティーをする人々や
映えまくっている写真の中にいる人が
うらやましくて
そこにいない自分にフォーカスしていたし
元旦は
豪華絢爛なおせち料理を作って
家族で食卓を囲んで
お正月らしく過ごさねばと必死だった。
ミニマリストになってからは
大晦日・正月という事実を認知していればOK
豪華とかじゃなく
ただ、お袋の味を堪能する
今この瞬間が最高ハッピー
との価値観に変わり
ものすごい幸福度の高まりの中で
〝今、人生のクライマックスにいるな〟
と思った。
年功序列に従うと
自分の親と食卓を囲む時間がそう多くはない。
子ども達を含めて
その場所に集うことだって
あと何回あるだろうか。
自分のつまらぬ価値観で
目の前の幸せを曇らせるよりも
そこにある幸せを見つけたら
その時間・その空気に
思いっきり浸ればいい。
(母の茶碗蒸し、いつまでも越えられない)
両家の母は
簡単な料理だけど〜
とか
お節じゃなくてごめんね〜
と言ってたけど
こんな幸せな味
あったっけ?
と思いながら
実は泣きそうになりながら
食べていた。
1/1の夕方以降は
実家のテレビをニュースを観ながら
今生きていることについて
様々な感情が渦巻いて。
そのことについては
もう少し気持ちの整理がついてから
言葉にさせてください。
それではみなさま。
それぞれに
幸せな時間をお過ごしください。
私は明日から仕事です!
えいえいお〜!
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