ここまで読んだ母の中には、

一つの不安が浮かんでいるかもしれません。


「では、何も言わなくなればいいのか」

「正さない親でいればいいのか」


答えは、違います。


思春期において、正しさが不要になることはありません。


ただし、正しさの使い方が変わります。


これまで母が担ってきた役割は、

多くの場合、「管理する人」でした。


生活を整える。方向を示す。間違いを正す。


それが必要だった時期が、確かにありました。


けれど思春期は、子どもが「自分の基準」を

試し始める段階です。


この局面で、同じ役割を続けると、関係は必ず摩擦を起こします。


だから、役割は移行します。


管理から、信頼へ。

指導から、境界へ。

評価から、受容へ。


ここで言う「信頼」は、

期待をかけることではありません。


「この子は失敗しながらでも、自分で戻ってこられる」という前提に立つことです。


「境界」とは、放任ではありません。


母の不安と、子どもの課題を切り分ける線を引くことです。


そして「受容」とは、肯定し続けることではありません。


評価を下さずに、存在を否定しない姿勢です。


この移行は、子どもの成長のためだけに起きているのではありません。


思春期は、母自身の価値観が更新される時期でもあります。


「正しくあれば守られる」

「ちゃんとしていれば関係は壊れない」


その前提が、通用しなくなる局面。

それは失敗ではありません。


次の段階へ進む合図です。


正しさを武器として使う時代から、

正しさを手放さずに距離を取る時代へ。


これは、母の価値が下がる移行ではない。


むしろ、「影響力の質」が変わる移行です。


言葉で動かす力から、姿勢で伝わる力へ。


支配による安心から、信頼による緊張へ。


この緊張は、不安とは違います。


互いを一人の人間として尊重するために必要な余白です。


ここに立てたとき、母の関わりは静かに、しかし確実に子どもの内部に残ります。


それが、思春期以降の親子関係を決定づけます。


絶望ではありません。


構造が分かれば、移行は可能です。


次章では、この視点を

「今日からどう扱うか」を

具体的なステップに落とします。


理想論では終わらせません。


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