⏬続きです…
ここまで読んだ母の中には、
一つの不安が浮かんでいるかもしれません。
「では、何も言わなくなればいいのか」
「正さない親でいればいいのか」
答えは、違います。
思春期において、正しさが不要になることはありません。
ただし、正しさの使い方が変わります。
これまで母が担ってきた役割は、
多くの場合、「管理する人」でした。
生活を整える。方向を示す。間違いを正す。
それが必要だった時期が、確かにありました。
けれど思春期は、子どもが「自分の基準」を
試し始める段階です。
この局面で、同じ役割を続けると、関係は必ず摩擦を起こします。
だから、役割は移行します。
管理から、信頼へ。
指導から、境界へ。
評価から、受容へ。
ここで言う「信頼」は、
期待をかけることではありません。
「この子は失敗しながらでも、自分で戻ってこられる」という前提に立つことです。
「境界」とは、放任ではありません。
母の不安と、子どもの課題を切り分ける線を引くことです。
そして「受容」とは、肯定し続けることではありません。
評価を下さずに、存在を否定しない姿勢です。
この移行は、子どもの成長のためだけに起きているのではありません。
思春期は、母自身の価値観が更新される時期でもあります。
「正しくあれば守られる」
「ちゃんとしていれば関係は壊れない」
その前提が、通用しなくなる局面。
それは失敗ではありません。
次の段階へ進む合図です。
正しさを武器として使う時代から、
正しさを手放さずに距離を取る時代へ。
これは、母の価値が下がる移行ではない。
むしろ、「影響力の質」が変わる移行です。
言葉で動かす力から、姿勢で伝わる力へ。
支配による安心から、信頼による緊張へ。
この緊張は、不安とは違います。
互いを一人の人間として尊重するために必要な余白です。
ここに立てたとき、母の関わりは静かに、しかし確実に子どもの内部に残ります。
それが、思春期以降の親子関係を決定づけます。
絶望ではありません。
構造が分かれば、移行は可能です。
次章では、この視点を
「今日からどう扱うか」を
具体的なステップに落とします。
理想論では終わらせません。
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