5.核心の分析|思春期で起きている本当の衝突
ぶつかっているのは、親子ではない
思春期の子どもに対して、母が感じる怒りや焦りは、表面的には「態度」や「言動」に向けられているように見えます。
感情を優先する。話が通じない。
約束を軽く扱う。説明を拒み、黙り込む。
それらはすべて、母が長年信じてきた
「ちゃんとしていること」の対極にあります。
だから母は、思わず正そうとする。
戻そうとする。
「それではダメだ」と言葉を強めてしまう。
けれど、ここで起きている衝突は、
親子の意見の食い違いではありません。
子どもが今、体現しているのは
一つの価値観の否定です。
・感情は後回しにすべき
・理屈が通らないものは未熟
・正しさに従えば関係は壊れない
そう信じて生きてきた母の世界観そのものに対する、無意識の揺さぶりです。
思春期の子どもは、「正しくあろう」としません。
むしろ未完成のまま、矛盾を抱えたまま、不安定な状態で立とうとします。
それは反抗ではない。甘えでもない。
自分の内側を基準にして生きようとする試みです。
このとき、母の内側で何が起きているのか。
それは、「わからない」という困惑ではありません。
もっと深いところで、自分を守ってきた世界が壊れ始める感覚が生じています。
正しくしていれば大丈夫だった。
我慢していれば守られた。
期待に応えていれば関係は続いた。
その前提の上で、母は人生を築いてきました。
だからこそ、子どもがその前提を踏み越えた瞬間、母の身体は危険信号を出します。
「それでは、生きていけない」
「それでは、守れない」
この感覚は、思考よりも先に立ち上がる。
理屈では止められません。
思春期が母にとってこれほど苦しい理由は、
子どもが“言うことを聞かない”からではない。
自分が信じてきた生存戦略が、
通用しなくなる局面に立たされるからです。
だから母は、子どもを止めようとする。
正しさに戻そうとする。
感情を抑えさせようとする。
それは支配ではありません。
愛情の欠如でもない。
喪失への抵抗です。
安全だった世界を失いたくないという必死さです。
ここに気づいたとき、
子どもの姿は変わって見え始めます。
敵ではなく、未熟な存在でもなく、
母を否定する存在でもない。
ただ、次の世界へ移行するために、
これまでの前提を揺らしている存在。
そう理解できたとき、
母の中の怒りは、少し質を変えます。
それは「どう抑えるか」ではなく、
「何を手放す局面なのか」という問いへ。
この章で伝えたいのは、
子どもを許す話ではありません。
母自身が、どの世界観にしがみつき、
どこで立ち位置を変えられずにいるのか。
そこを見つめるための視点です。
次章では、母が無意識に抱えている
「勘違い」を一つずつ解体していきます。
ここまで読めた母は、すでに“正しさで立つ位置”から一歩、外に出ています。
この違和感を、どう扱うかが分かれ道になります。
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