142日間の記録です
もう2年近くも前のことになってて驚きです
122/142日目(その5)ラスト
大阪を出発して122日め
原付を積んだ軽バンで
離島を含め北海道全域を周り
74日目からは本州北東北を走って
120日目からは帰路の寄り道旅です
悲しい内容を長々と書くのが辛くて一旦切りましたが、でもそれはそれで2日連続して悲しい話を書かなければなりません。
そもそも大川小学校そのものが避難場所に指定されていたので、そこからどこに避難するかということが決められてはいませんでした。
すぐ横に現地の人には馴染みのある山があるのですが当日は校長不在とか、山はまだ雪があって滑りやすくて怪我する可能性があるとか、避難場所であることで学校に逃げてきた老人には登れないとかで結局山に逃げることはありませんでした。
そして(これも近いのですが)、橋に逃げることになり、その橋に向かい出してすぐに堤防が決壊して川からの津波に列の前方から飲まれていったそうです。

橋に向かって表通りでない細い道を1列で避難していて、でも途中で行き止まりになっててロスタイムしたとか、そもそも橋に到着していたとしても高さが足りなくてのみこまれていたとかで、後日現場から泥に埋もれたランドセルや遺体を保護者たちで掘り起こしビニールシートに並べていった話とか、掘り出した娘の遺体の目に詰まった砂を舌できれいにするお母さんの話とか、いろいろ見聞きして想像すると涙が出ます。

橋に逃げる途中橋の方から逃げてくる男性とすれ違ったり、前方から来る津波を見て最後尾の先生と数人の児童は向きを変えて裏山に駆け上がって助かったそうです。

遺構を見ている途中でガイドさんが喋ってるところに居合わせたんですが、こっそり聞いてると実際に大川小学校6年の娘さんをここで亡くされた隣町の中学校の先生で、(行政側の不備の糾弾とかでなく)今はこれを伝えていく活動をしている方でした。

児童たちだけでなく指示がないので避難できないスクールバスのドライバーや、迎えに来たものの避難場所である学校のほうが安全だから帰らないほうがいいと言われて残った保護者なども犠牲になっており、逃げる時間も場所もあるのになぜ死ぬことになるのか、予備知識なく単に津波にやられた学校ぐらいのつもりだったわしにはいろいろ考えさせられる場所でした。
悲しい気持ちのままウジエスーパー飯野川店で食料(550円カード)を購入しました。
そして仮眠場所候補の道の駅上品の郷に行ってみましたが、温泉を併設してて人気があるのかメッチャ混んでました。
広い駐車場なので駐めることはできましたが、トイレが遠いです。
混んでて開放的でなくても寒いと車内にこもるので別に関係ないんですけど、トイレが遠いのは頻尿爺には無理です。
昨日風呂は入ったし温泉も使わないので、だとしたらこの駅にするメリットは特にわしにはないので、ここはやめてさらに走った道の駅に行きましょう。
道の駅津山
何でしょね、こっちはガラガラです。
人気ないんですかね?
下手しー完ソロかもしれませんがトイレが近くに駐められるので大満足です。
ちゅーことで晩酌開始です。
きのう買ってた半額の牛コマ(285円)。
昨日の時点でまだ消費期限が1日残ってたのに半額にしてくれてありがてえ。

割引マルゲリータ(割引510円)。
肉とピザとくればビール(在庫)のあとは赤ワイン(在庫)です。
車では1本飲みきらずに大事に2日に分けます。
安ワインはコルクでなくてスクリューキャップなのが多いから、2日で飲むときに便利です。
この晩はいつもみたいに酔っ払ってすぐ寝るみたいなのはできなくて、飲みながらスマホをコテコテいじっています。
と、いうのは大川小学校の見学中あと少しというところでスマホがバグって固まってしまって写真が撮れなくなったんです。
ああいうことがあった場所ですからいろいろな念が籠もって淀んでいて、、、、などということがチラッと頭をよぎりましたがでもなんかどうにも修復できないのでリカバリをかけて初期化して復旧させました。
カメラが使えないと明日からの帰路の旅の記録が残せなくて困りますもんね。
122日目(2024-11-2)まとめ
走行距離推定181km 通算18153.6km
モンキー出動 12日
徒歩 5.95km 8880歩
寝床 道の駅津山
道の駅通算65泊
キャンプ場19泊
その他通算38泊
キャッシュレス1950円 通算563237円
現金400円 通算 107042円
ガソリン 0円(カード)@
朝食 164円(カード)せり汁
昼食 238円(カード)三色彩りごはん弁当
夕食 795円(カード)ピザ 牛肉炒め
酒 0円(在庫) ビール ワイン
風呂 0円()
洗濯 0円()
観光 1200円(カード)石ノ森萬画館
駐車場400円(現金)萬画館近く
雑費 200円(カード)傘
土産 0円()

