夏の北海道から秋の北東北を旅してきた

 142日間の記録です
 
  もう1年半以上も前のことになってて驚きです
 
 
 
 
 
 
113/142日目(その5)
 
 
 
 
 
 
 
大阪を出発して113日め
原付を積んだ軽バンで
離島を含め北海道全域を走って
74日目から本州北東北に入り
青森秋田ときて今は岩手三陸を徘徊中








  震災メモリアルパーク中の浜






三陸海岸沿の人のまちは多かれ少なかれみんな被害を受けてます。
ここはまだ人の町に出るまだ少し手前の場所です。






のどかな場所でお昼休憩のダンプが車を停めて弁当を食べてました。






綺麗で静かな場所ですからね、震災前は海辺のキャンプ場だったみたいです。






震災時の人の被害は不明ですが、キャンプ場は津波の被害にあっています。
遺構のキャンプ場トイレ棟です。






炊事棟です。
屋根などの木造部分は流されて、コンクリの流し台やかまどだけが残っています。

ただコンクリが全て無事かというとそうではなく破壊されて無残に鉄の骨を曝け出しているところもあります。






厳しい話が案内板に載っていました。

昭和53年に完成した、万里の長城とも例えられた10mの防浪(潮)堤に安心しきって逃げ遅れた人も多いとのこと。








そもそも防浪堤は安全を確保するものではなく、避難する時間を稼ぐためのものなのだとか。

そりゃ想定外のデカいの来たら超えちゃうよね。






わしの昨夜の寝床、シートピアなあど(道の駅みやこ)もここから1kmやん。






生々しい写真の展示が改めて胸を締め付けます。













そういう場所だから、避難場所とか教えてくれる案内が、この地区に限らずあちこちにありましたよ。






それからまた北上して、さっきの解説板に有った田老地区へ向かいます。

巨大な壁は地震発生時など自動で閉まるんだそうです。



逃げ遅れて閉められたらもう終わりなんでしょうか。
一応非常階段の案内はありますがそんなの見当たりませんが。





この巨大壁に締め出されたことを想像してヒェッとなりながら田老の町に入りました。








続きます。