夏の北海道から秋の北東北を旅してきた
142日間の記録です
もう1年以上も前のことになってて驚きです
111/142日目(その7)
大阪を出発して111日め
原付を積んだ軽バンで
離島を含め北海道全域を走って
74日目から本州北東北に入り
青森秋田ときて今は岩手三陸を徘徊中
三陸海岸沿いを、311関連のスポットを織り交ぜながら北上しますが、今は釜石のいのちをつなぐ未来館を見学中です。
そーゆーことで整列点呼のあと避難するように訓練を受けていましたが、多くの中学生が整列点呼なしでてんでんこで避難したようです。

でも想定の避難場所はがけ崩れの危険や高度が足りないとのことで、てんでんこいいながらも中学生は小学生の手を引くなどしてさらに高台へ避難します。
その数分後に津波が襲来して、学校や見慣れた町やさっきまでいた避難場所が波にのまれるのを目撃しました。

もっと上へ、とにかく上へ、てんでんこといいながらももっと小さい子の手を引いたり抱きかかえたりしながらパニックになっても不思議じゃない状況の中冷静さを失わず逃げました。

訓練以上の行動になりましたが、普段から例えば子供一人教室に隠して全員揃わない状況を作るなどして、自分で考え判断できるようになることを目標に訓練が行われたりするようです。

釜石の多くの児童、生徒が無事であった、後に釜石の奇跡と呼ばれたこの出来ごとは、もちろん運もありますが本当にその意識と訓練の賜物です。
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このようなことを中学生たちは訓練で叩き込まれていたそうです。

片や訓練が仇為した事例もあったようです。

そこへ津波が押し寄せて。

ここで160名以上亡くなったとか。

避難場所じゃないのに「防災センター」という呼称が誤解を与えたというような説明が書いてあったけど。
その防災センターの跡地にわしが今見てるいのちをつなぐ未来館が建っているようで、地元のモンなら高度がなく危険なのわかるだろうからその判断も自己責任かもしれないし、みんなここに逃げてたらそれにつられて流されるかもだけど。
でも避難場所じゃないといいながら防災センターへ避難させる避難訓練はしたらダメだよね。
防災センターへ逃げる避難訓練があったことは現場には説明がなくて、後で自分で調べてわかったことだったりします。
わしが現地で見落としただけかもしれないけど。
でも釜石の奇跡との差は、決められたことを守るだけでなく自分で考えて行動できたのか、ということと運ということになりますかね。
特に大人になっちゃうと、訓練通りにしとけばいいやとか、ま、大丈夫でしょ、とかの思考麻痺の状態になりがちですしね。
でもやっぱり避難場所じゃないといってるのに防災センターへ避難させる避難訓練はしたらダメだよね。
続きます。



