夏の北海道から秋の北東北を旅してきた

 142日間の記録です
 
  もう1年以上も前のことになってて驚きです
 
 
 
 
 
 
111/142日目(その5)
 
 
 
 
 
 
 
大阪を出発して111日め
原付を積んだ軽バンで
離島を含め北海道全域を走って
74日目から本州北東北に入り
青森秋田ときて今は岩手遠野を徘徊中








遠野遺産の水車小屋を見たあたりでいい時間になったのでお昼ゴハンにします。
昨日買っといたお好み焼き&焼そば(半額214円)、大阪でゆーところのモダン焼きです。






と、思てたけど写真見たらもしかしたら焼きそばの上にお好み乗っけただけで、モダン焼きじゃないようにも見えます。






まーそのモダン焼きぽいものを食べたら、道に沿ってなだらかな坂道を水車小屋から集落の方に歩いて下っていきます。
集落の方に見どころがいくつもあるのです。






すると地図看板通り、孫左衛門の屋敷跡に出ました。


20人の使用人を持つ村の旧家孫左衛門の家は、座敷わらしに出ていかれた後1人を残して家族が全員死んで、1日で滅んでしまいました。


外出していた少女以外は全員庭の毒キノコを食べて死に、そして死後は親戚が押し寄せ財産等持ち去られ屋敷すら残らなかったそーです。

遠野遺産になってないのは個人所有の土地だからでしょうかね。





🚶テクテク




そして遠野遺産65号 ダンノハナと佐々木喜善の墓地です。
ダンノハナについては写真をお読みください。






遠野物語の語り部佐々木喜善の墓もあります。







キゼンさんのお墓です。







お墓のあるダンノハナから遠野山口の集落を見おろします。






天気も曇ってきててなんか異様な雰囲気もありますね。






そして集落の方へ下りてきますとキゼンさんの生家がありました。
もう馬はいなくても伝統の南部曲屋です。
鬼瓦のあるあたりに佐々木と苗字が刻印されていました。
ご近所にもあってこれも伝統なのでしょう。




生家といえどここは子孫の方が実際に暮らしてはる家です。


年がら年中観光客が来て写真撮っていくとか住んでる人にとってはウザいと思うので、サクッと写真撮ってスッと立ち去りますよ。





少し先から里を離れる方向へ橋がかかっていて、そこから先にいくと姥捨伝説のあるデンデラ野に行けます。


姥捨伝説の通り欄干には姥捨のモチーフがありました。

親を捨てなければ食べていけない世の悲しい風習を思いながら、わしの実家のママンを背負って捨てに行くことを想像しながら歩いてました。






でも途中でハタと気づきました。


わし、捨てに行ってる気になってたけど、ちゃうやん捨てられてるのわしやん、年齢的に。ニヤニヤ


60超えてわしが息子に背負われて捨てられとるんやん。







遠野遺産21 山口デンデラ野

でも捨てられてそこですぐ死んで朽ちていく、とゆーよりはそこで生活してたらしいです。






そのデンデラ野にレプリカの小屋があって、こんな感じの小屋で老人が共同生活してたんだろうと考えられています。





あがりの家と呼ばれる、共同生活・グループホームだったのであろう家での生活です。

遠野の冬は厳しそうです。





さてそれでは車に戻って、もうひとつ遠野遺産をみて、遠野を離れましょうか。








続きます。