夏の北海道から秋の北東北を旅してきた

 142日間の記録です
 
  もう1年以上も前のことになってて驚きです
 
 
 
 
 
 
107/142日目(その3)
 
 
 
 
 
 
 
大阪を出発して106日め
原付を積んだ軽バンで
離島を含め北海道全域を走って
74日目から本州北東北に入り
青森秋田ときて今は岩手太平洋岸を徘徊中








津波伝承館でしっかり伝承されたら外に出て海の方へ向かいます。

パクリ画像







追悼の広場を抜けるとまっすぐ一本の道が海へ続いています。







一本道の終点はとても綺麗で静かな場所です。
海を望む場の献花台です。









そこから右手に続く道を歩きます。

何もかも自然が押し流した後に整備された綺麗だけど人工的で無機質な風景の中で、植林された松がそのうちに生命を感じさせるぐらい育つにはまだ歳月が必要なのでしょう。






震災遺構のユースホステルがありました。






防潮林防風林としての松原が全て流された後に、一本だけ残った、奇跡の一本松です。

延命のための処置などされましたが翌年枯死したので今はモニュメントとして保存されています。






ユースホステルと一本松のコラボです。







今度はユースホステルの反対側へ歩きます。






震災遺構、↑地図のタピック45(旧道の駅高田松原)です。






てっぺんの三角のところに14.5mの津波ここまでのラインがあって、3人がこの上まで逃げて助かったそうです。







その左には高田松原物産館の鉄骨残骸です。






国道側(山側)は当然損壊は少ないですね。







そこから車で5分ほどの震災遺構、下宿定住促進住宅跡です。






団地の5階はベランダフェンスが存在しますが4階以下は流されています。







裏の2号棟はベランダフェンスはほとんど残っていて、1号棟が防潮堤の役目をしてくれたようです。





その2号棟は解体されて駐車場になっており、その駐車場から1号棟の裏手を撮りました。





ずっと震災遺構ばかり見ていると胸が苦しくなってくるのでちょっと休憩で博物館を挟みましょう。

天気悪くてポツポツと降ったり止んだりとか、もうじきに夕方で閉館になってしまうという理由もあります。









続きます。