夏の北海道から秋の北東北を旅してきた

 142日間の記録です
 
  もう1年以上も前のことになってて驚きです
 
 
 
 
 
 
100/142日目(その3)
 
 
 
 
 
 
 
大阪を出発して100日め
原付を積んだ軽バンで
離島を含め北海道全域を走って
74日目から本州北東北に入り
青森のあと秋田を徘徊中








  八幡平






ハチマンダイラではなくてハチマンタイです。
そんなんジョーシキでしょうか。
わしは知らんかったです。キョロキョロ

そしたらニホンダイラと思い込んでたものも日本タイだったのかーと思いましたがソレは日本ダイラでいーよーです。魂



県境です。






ガスっています。






展望台や山頂遊歩道などもあるんですが、これではねえ。






リベンジ案件にするか迷いましたが、どーですかね。
ドラゴンアイとかユーメーなスポットは冬季の雪と氷がいるらしーし。





出直してまたアスピーテラインを走るとすると同じ道を走るってことで芸がないので、八幡平樹海ラインつー別道を使おうとしたけど、これは通行止めでした。


しゃーないんでアスピーテラインを走りますが、でももし八幡平リベンジとなると結局アスピーテライン何往復やねん。



展望台などはガスのためスルーしますが、このあたりに閉鉱山があるのでそれは見ときましょうかね。


でもgoogleナビでは到着しなくてなんか立ち入り禁止の看板が出てきました。






でもゲートなどはなく、もー少し奥まで行けば封鎖されてるのかな?
と思ってたら結局封鎖などなかったし、鉱山跡にもたどり着けなかったので、さっさと出てきました。





この場所はマップにも名称が載っていないんですが 旧松尾鉱山新中和処理施設 とゆーことみたいです。

名称は載ってませんが航空写真には施設が写っていました。





旧松尾鉱山の閉山後も続く強酸性水流出汚染を中和させるための施設で、現在も稼働しています。


岩手県は環境学習を目的とした施設見学予約を受け付てますが、観光ではあかんのでしょうね。



結局鉱山を見つけられずにアスピーテラインを下りきってしまいました。



あーサブぅ。
太陽のない標高1500m級の八幡平はとても寒かったし、14時でまだ昼飯たべてないし、なんか道の駅ぽいのがあったんでうどんでも食べて温まりましょかね。


パクリ画像


でもレストランの営業は14時で終わりなんだってさ。

チッ。




在庫のパンでも食おかな思たけど、腹減ってとゆーより暖まりたくてのうどんだったから、パンはええか食わいでも。キョロキョロ

それはええけど、松尾鉱山には結局イケてない。
見ときたいからまた戻ってアスピーテラインを登っていきます。








  旧松尾鉱山宿舎跡





鉱山跡そのものは入れませんが、なんとかアパート廃墟群にたどり着くことはできました。
今のmapはアップデートされててふつうにたどり着けるポイです。






かつて東洋一の硫黄鉱山で働いた人たちの住居跡です。






この手の町のご多分に漏れず、全盛時14000人、映画館や演芸場など娯楽も備えた一大都市で雲上の楽園と呼ばれたそうです。






捨てられた町は延焼実験で焼かれて木造建築は灰になってコンクリのアパート群のみが残ったそうです。






でも見える室内からしてここに火は回らなかったんですかね。





草むらを掻き分けて進めるツワモノなら、近くに寄ったり中に入れたりできるのでしょうが、普通の人間にはとてもとてもです。





10年20年前ならここまで草に埋もれてなかったので行けたのかもしれませんがそーゆー情報は見つかりませんでした。






その代わり、もう解体されてしまって痕跡のない、学習院松尾校舎とか、生活学園(旧松尾中学校)など、寄れたり入れたりした廃墟があったようです。






アスピーテラインの向こう側には地熱発電所が見えました。
前を何往復かしてるはずですが結局立ち止まって見てはいません。






続きます。