夏の北海道から秋の北東北を旅してきた
142日間の記録です
もう1年以上も前のことになってて驚きです
93/142日目(その3)ラスト
大阪を出発して93日め
原付を積んだ軽バンで
離島を含め北海道全域を走り
74日目から北東北を徘徊
今は尾去沢鉱山の坑道を見学しました
🚶テクテク
尾去沢鉱山のレストハウスには食堂もあったけど、ここはすでにもう閉めていて営業していませんでした。
さてと。
今いる鹿角はゆーたら青森と秋田岩手の境目あたりで、しばらく秋田を周るって決めたから一旦日本海側に出てそれから中央、太平洋と進みましょうか。
とりあえず日本海に向けてバビューンと100km、100分ほど走りますよ。
🚙

大潟村干拓博物館
入場料300円(現金)です。
日本で琵琶湖の次に大きかった八郎潟を干拓して作ったその大工事の博物館です。

干拓も大工事だけど、その後の農地開発もそらー大変だったことでしょうね。
日本中から北海道みたいな大規模農業に挑む人々が集まりました。
干拓したての土地は乾ききってなくぬかるむ土と戦ってきた入植者たちの努力の賜物ですね。
昭和41年に第一期入植応募者を試験で選抜、なんと倍率11倍のエリート百姓(゚∀゚)です。
そのころの新築やからね、キッチンや部屋や家電もそのころの感じですよね。

昭和41年の合格者は1年間の訓練を受け、訓練後10haの土地を配分されて営農開始、初収穫の昭和43年秋です。
干拓したての泥っぽい土壌や、初めての事だらけで失敗ややり直しやいろいろあってかなり厳しいものだったらしいです。
で、人形で表現した収穫の喜びのやったど、できたどーの報告です。
おおー手を叩いてみんなで大喜びです。

とゆーシチュなわけだけど、座ってるやつ、オマエラそのイネ、初めて見たんか?
収穫まで毎日見とったんちゃうんか?
2人がメシ食ってたのか思たけどよく見たら盃3つあるな。
ちうことは3人ぶんの飯で、アテもそれで3人分か?
取り分け小皿もないしオマエラ直食いか?
魚はイワシかハタハタか?
2尾しかないけど取り合いか?
で、米はおにぎりか。
男3人なら間違いなくおにぎりは握らんな。
奥に奥さんでもおるんか?

とかどーでもいいことばかり気になってたが、それはそれとしてなんか違和感があって。
なんでやろ思てたらこれやったわ。
タバコやのうてチョコレートやんけ、森永ハイクラウンやん。

それはさておき入植者は毎年募集されて4年連続第4次まで入植者がいてはって。
大型機械化も結局上手くいかず、結局手植えとか行われる中、歩行型田植機や自脱型コンバインなどが出現したのと、徐々に徐々に年数を重ねて土壌が干上がってきたこともあって、生産性が少しずつ上がっていったらしいです。
第4次入植から5年ぶりの昭和49年、第5次の入植を最後に、以降米の大産地として大潟村は発展していきました。
オヤスミナサイシモチ ![]()
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93日目(2024-10-04)まとめ
走行距離推定112km 通算13859.8km
モンキー出動 12日
徒歩 3.66km 5463歩
寝床 道の駅おおがた
道の駅通算41泊
キャンプ場19泊
その他通算33泊
キャッシュレス5147円 通算455745円
現金800円 通算 84669円
ガソリン 3465円(カード)@165
朝食 0円(カ/在)ローストポークサンド
昼食 45円(カード)袋麺
夕食 115円(カード)焼魚
酒 0円(在庫) ビール 酒
風呂 500円(現金)ポルダー潟の湯
洗濯 円()
観光 300円(現金)干拓博物館
駐車場円()
雑費 0円(カード)
土産 0円(カード)










